行政文書解題 「え」から始まる文書
2007年09月03日更新
延喜式内並国史見在神社考証
明治9(1876)年5月、京都府が教部省に進達した管内延喜式内神社及び国史見在神社の調書全11冊。
明治7(1874)年6月、教部省は達第二八号を以て、神名牒の編纂のため、各府県に対し調査を達し、京都府は、翌8年7月から社寺掛が調査編纂した。もとは17冊であった。管下式内外同古社考証書目録、式内神社考証葛野郡之部、同紀伊郡之部、同宇治郡之部、同久世郡之部、同綴喜郡之部、同相楽郡之部、同桑田郡之部、同船井郡之部、同何鹿郡之部および、式外古社考証郡中之部(乙訓・葛野・愛宕)である。目録から、京中式内、乙訓郡式内、愛宕郡式内、管下式外国史見在社、京中式外、郡中式外(紀伊・字治・久世・綴喜・相楽・桑田・何鹿)の6冊が散佚していることが判る。内容は、はじめに各神社ごとに、所在地・鎮座・神社名・祭神・由緒・勧請年月・例祭日・社殿建坪・境内反別・旧社領・氏子戸数・管轄庁迄の距離等についての考証書があり、つづいて、各神社の神官から提出された上申書・建言書・社記略等が綴じられている。また過去に社格や社地にかかる争論等がある場合は、その顛末と関係古文書の写も、争論両社の神官から提出されている。最後に、彩色の境内見取絵図が添付されている。また他に、この史料に関連して作成されたと思われる戸籍掛の史料(神社便覧、所在復号調の一覧)も2冊ある。なお、丹後地域については、この史料の作成時期には京都府の管轄区域でなかったために神社考証史料は残っていないが、それを補うものとして「丹波丹後式内神社取調書」がある。これは豊岡県式内神社取調書、丹波志等をもとにして神名考証のために編纂されたものの写しである。
