行政文書解題 「ふ」から始まる文書
2007年11月30日 更新
府治誌稿
明治14(1881)年の北垣知事赴任以後の、府治沿革志編纂事業の際に整理された稿本・志料。この事業は明治21(1888)年に打合せが行なわれ、同22(1889)年に各課に委員を置いて着手された。しかし、同24年に他の編纂事業も始まり、同26年には平安遷都記念事業が始まったため中止された。明治14年から同22年頃までの府治概要について編年体で記されているが各志料の記載内容が不揃で、採用年代にも若干の相違があるが、編集は湯本文彦と石津発三郎が担当している。管轄志(総説、沿革、形勢、古来沿革考)、地理沿革志(含土木沿革誌料)、学務沿革志(総説、小学校、府立通規学校、府立学校、学事雑件)、兵事志料(明治14年から同22年までの兵事課日記)、衛生沿革志(総説、職員、人事、医事、疫病、病院、薬剤、雑件、衛生委員、地方衛生会、衛生費)、警察誌1(職制警察誌)、警察誌2(安寧、営業、衛生、道路、風俗、司法、天変地異)、警察誌3(区画配置警察誌)、監獄誌下調(明治8、9年)で、地理、兵事、警察、監獄については未完稿のまま放置され反古として散乱していたのを明治35年の臨時文書整理の際に湯本文彦が発見し、まとめて残したといわれるだけに、内容が未整理で不統一である。職務誌は「京都府職制沿革志」として府治誌稿より別置されていた。
この他、庶務、会議、勧業、社寺等の部の稿本も作成されたが明治35年時点ですでに所在が不明となっていた。このように不備な点もあるが、「京都府史」以後の京都府治の状況を記す資料となっている。
仏堂明細帳
本資料の作成の事情等は、寺院明細帳と全く同様で、内訳は山城2区8郡、南桑田郡、北桑田郡、船井郡、何鹿郡、丹後国一円の6冊。作成は、丹後地方は明治17(1884)年に、他は明治16年に行なわれている。内容は、寺院明細帳に準じて必要項目が記載されているが、他に、何寺の境外仏堂であるか、または、受持寺院が何寺であるかが明示されている。記載事項の異動、変更等の処理については、神社明細帳の項を参照。
府立学校沿革誌
府立中学校、師範学校、府立医学校、府立女学校、府立画学校、府立盲唖院、体育場について、創立から明治16(1883)年までの沿革および概要を、京都府学務課がまとめた綴1冊。内容は、各校に若干のちがいはあるが、沿革、設立趣旨建議書等、経費地所建物一覧、教科課程表、入退学卒業生徒数一覧、教員等級月給表、職員月俸並准官等表、諸雇給料表、職員一覧表が各校ごとに整理されている。
