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行政文書解題 「に」から始まる文書

行政文書解題 [総合資料館]

2007年09月03日更新

二十三院由緒書

明治8(1875)年に京都市内の23の門跡寺院、由緒寺院から知事宛提出された寺院の由来、門跡の系譜、土地建物の由来等に関する文書綴1冊。二三院は、12門跡寺院(仁和寺、妙法院、聖護院、青蓮院、大覚寺、三千院、三宝院、勧修寺、曼殊院、毘沙門堂、実相院、随心院)と11の由緒寺院(曇華院、大聖寺、宝鏡寺、林丘寺、霊鏡寺、本光院、総持院、光照院、端龍寺、三時知恩寺、宝慈院)。明治政府の神道国教政策により寺院は大きな痛手を受けるが、特に門跡寺院や皇室由緒の寺院は、皇室からの保護を失い困窮は激しかった。明治9(1876)年、これら23カ寺に対し、寺禄廃止の太政官達が出されるが、同年、寺門永続のため御手許金下賜の制が設けられ、同13(1880)年には寺院維持のための保存金がだされた。この簿冊の表紙には明治13年2月と記されており、前後の関係から、二三院寺門維持のための制度を設けるにあたり、寺院の概要を取調べたものと思われる。簿冊は「天」と「地」の二冊に分かれている。「天」は戸籍掛から社寺課に引継がれたのち永年保存文書として当館へ移管され、「地」は長期にわたり主務課で保管された後、当館が受け入れた。「天」には、仁和寺、妙法院、聖護院、青蓮院、大覚寺が、「地」には、三宝院、曇華院、勧修寺、曼殊院、毘沙門堂、大聖寺が綴じられており、二三院全部の記録が残されているわけではない。また、府庁文書の中に「廿三カ院由緒取調書」「廿三院保存一件」等の関連史料がある。