行政文書解題 「と」から始まる文書
2007年09月03日 更新
東寺古文書目録
明治19(1886)年から20年にかけて内閣臨時修史局と京都府庶務課が共同で、東寺所蔵の文書類の調査を行なった際に、2部作成した目録のうちの1部。他の1部は東京大学史料編纂所に「史料蒐集目録」として所蔵されている。文書のまとまりごとに整理され、文書名、年号、差出人等が記されている。内訳は、軸物、宸翰綸旨、仁之箱、義之箱、礼之箱、智之箱、信之箱、古文書之部、勅旨院宜之部、太政官牒補任之部、南朝之部、足利将軍家下文、武家御教書並達之部、譲状受書消息之部、礼之箱、楽之箱、射之箱、御之箱、書之箱、数之箱、い~せ之箱、号外、イ~セ之箱である。
豊岡県第十四・十五大区区務所文書
明治6(1873)年8月から同9(1876)年8月まで、豊岡県第一四・一五大区区務所(加佐郡を管轄)で作成された文書18冊。明治4(1871)年11月、丹後地方は豊岡県管下となり、宮津には支庁が設置された。豊岡県では明治5年4月、県内を21の大区に分け、そのうちの一二・一三大区(与謝郡)と、一四・一五大区(加佐郡)とが宮津支庁の管轄とされたが、明治9年8月、豊岡県が廃されたため、これらの大区は京都府に編入された。この文書は、もと加佐郡役所で保管されていたが、郡役所廃止にともない、昭和4(1929)年に府庁に移管された。内容は、県や支庁からの布達、区長から各小区などへの達、区長から県または支庁あての願書・届書、隣接大区との連絡文書など。期間としては短かった大区・小区制時代の事情をうかがうことができる。なお、18冊のうち13冊までは、第一四大区において作成編綴されたものであることが、使用されている印鑑や用紙などから確認できる。また、これらの文書を分類すると次の3つに大別することができる。
(1)「用録」と表記された区務所における業務全般にわたる役用記録(5冊)。
(2)「本支庁達」「本県達」等と表記されているもので、豊岡県または宮津支庁から区長・戸長・ 学区取締などへあてた達を編綴したもの(9冊)。
(3)「太政官布告」「布告」等と表記されているもので、太政官その他中央政府から出された布告 や布達等を豊岡県が管内に達したものを編綴したもの(4冊)。
