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古文書解題 「は」から始まる文書

古文書解題 [総合資料館]

古文書一覧(は行)

2007年11月30日 更新

博覧会関係資料(はくらんかいかんけいしりょう) 館古313

蒐集家の手によって集められたと考えられる京都博覧会を中心に各種博覧会に関する資料、36点。規則類としては、明治6(1873)年「京都博覧会規則」、同8年「京都博覧会出品規則」、同14年「京都博覧会規則」、同15年「博覧会社定款」、同8年「米国博覧会出品ニ付達」、同7年「名古屋博覧会規則書」、同9年「内国勧業博覧会諸規則」、同6年「ウィーン博覧会規則書」などがある。つぎに京都府がまとめたと考えられる明治6年大博覧会の品評録9冊がある。このほか、京都府で作成されたものに「西陣織物詳説」、「米国博覧会女工列品場江出品製造人姓名録」があり、これと関係するものとして、明治7年「京都府下物産取調書」、同8年「京都西陣織物製品表」、同9年「米国博覧会出品製造人姓名記」「織工人姓名録」「米国博覧会場及ヒ建築ノ景況」などがある。金銭預証や領収書の宛名の中に杉浦三郎兵衛宛のものがあり、同氏の博覧会々員証があることから、杉浦三郎兵衛の旧蔵資料が含まれていることは確実である。また、丹羽圭介の講演原稿があることや規則書に同氏の蔵書印があるところから、丹羽圭介によって集められた可能性が高い。

秦光弘屋地売券(はたみつひろやちばいけん) 中館古014

文永元(1264)年3月3日に、秦光弘が洛中左京西洞院高辻辺にあった、口南北2丈9尺、奥東西10丈の屋地を、銭43貫文で経阿弥陀仏に売った時の売券1点である。料紙は竪紙。軸装。杉箱に収納。

花園村文書(はなぞのむらもんじょ) 館古150

愛宕郡花園村(現左京区)に伝えられた文書、3点。延宝7(1679)年6月付「山城国愛宕郡花園村検地帳」と、明治初年の「地券台帳」「山城国愛宕郡花園村戸籍」がある。

速水家文書(はやみけもんじょ) 館古492

地下官人(北面)の速水家家領の鴨川村(現在京都市南区)の絵図。領主別に色分けされている文政5(1822)年の鴨川村絵図、享和元(1801)年の鴨川村付近の麁絵図ほか。5点。

原家文書(はらけもんじょ) 館古073

原在中に始まる絵師の家、原家に伝わった文書、115点。在中は寛延3(1750)年京都に生まれ、石田幽汀、円山応拳に学び一家を成した。その後、子孫の在明・在照・在泉・在寛が家業として絵師の道を継承した。文書は幕末から明治初年にかけてのもので、嘉永7(1854)年「御所向華族方御画御用留記」、文久2(1862)年「将軍様御上洛ニ付御屏風」、年欠「清涼殿御襖色紙之写」などは家業に関するもの。天保15(1844)年「日次雑記」、同年「雑記」は日記の類、嘉永2年「原家叙位次第」は家格に関するもので、他に2冊ある。原家は地下官人(官方内舎人)として有職にも通じており、明治2(1869)年「御下問制服」、年欠「服飾図」2冊、同「鳥帽子之図」「車馬之事」「御元服次第」「令義解」「延喜式」などがある。また、写ではあるがもっとも古い年紀のものに、慶長乙卯(20(1615)年)「禁中并公家諸法度」がある。

原在泉家文書(はらざいせんけもんじょ) 館古263

日本画家(原派4代)原在泉の家に伝わった文書、10点。幕末から明治期にかけて「在泉初官位到来物并返祝控」「金銀銭入控帳」「士籍法(写)」「絵画共進会授与褒状ニ付御答書」「原在泉画題書」などがある。

原田氏旧蔵資料(はらだしきゅうぞうしりょう) 館古539

明治初期の園部藩(県)より船井郡下胡麻村(現南丹市)百姓宛に出された租税取立の資料、木版刷りの祇園町八坂神社周辺遊覧図。3点。