古文書解題 「ほ」から始まる文書
2007年11月30日 更新
法義三大部書翰(ほうぎさんだいぶしょかん) 館古500
日蓮宗の学問書法義三大部の出版の権利に関して壇林(宗内学問所)と京都の版元等との書簡集。寛文9(1669)年。1点。
堀川家御玄関日記(ほりかわけおげんかんにっき) 館古475
公家堀川家の玄関番の文政6(1823)年の日記。1点。当主の訪問先、お供の名前、時間、帰宅時間、他家からの使者の名前、当家からの使者の名前などが記されている。
堀川流民生所録(ほりかわるみんせいしょろく) 館古504
京都府が設置した5箇所の流民集所の内、堀川に収容した人の明治3年の記録。流民集所とは明治維新の混乱期、都市の困窮者救済のために設置した施設。1点。
本郷家文書(ほんごうけもんじよ) 寄古015
大将軍村(京都市北区)の庄屋を務めていた本郷家に伝来した文書。619点。文亀3(1503)~明治初期。本郷家は庄屋を務める一方、北野天満宮の社人に補任されており、文書は大きく北野天満宮関係文書412点、大将軍村関係文書207点に分けられる。社人とは北野天満宮の南方、右京一条から二条に及ぶ門前郷西京地域に定められた七保の神供所(一保安楽寺、二保東光寺、三保長宝寺、四保新長谷寺、五保満願寺、六保阿弥陀寺、七保成願寺)で、北野天満宮の神事祭礼等にあたって境内と周辺の警固等の奉仕義務を帯びた人々のこと、西京神人とも呼ばれる。北野天満宮関係文書の主なものには慶長7(1602)~慶応2(1866)年の「社人連氏」123点、長宝寺・安楽寺の修復に関する文書、長宝寺の安永8(1779)~嘉永2(1859)年の「宗門人別改帳」23点、「北野社人帯刀改帳」5点、北野天満宮神祭に関わる覚書4点等がある。大将軍村関係の文書としては、延宝5(1677)年の「家数間尺改帳」、天明5(1785)年大将軍村と西ノ京村との争論に関わる文書、「家屋敷並田地譲渡証文」「銀子拝借証文」等の証文類、「年貢請取帳」「御巡見御道順之事」等がある。
本光寺文書(ほんこうじもんじょ) 集古S069
長崎県島原市にある曹洞宗本光寺が所蔵する資料のうち京都に関係する文書。788点。
本光寺は、深溝(ふこうず)松平家が寛文9(1669)年に島原藩に移封されたのに伴って島原城下に開基した寺で、本光寺固有の文書、松平家及び島原藩の文書、家臣・町人関係の文書を所蔵している。そのうち同家6代松平忠房が慶安2(1649)~寛文9年まで務めた丹波福知山藩主時代の文書等、京都関係の文書を中心に写真収集したものである。その概略は(1)忠房の福知山入城に関する文書(2)福知山藩の所領支配に関する文書(3)寛文3(1663)年後西天皇の退位に伴う新院と如院御所造営に関する文書(4)寛文6年の宮津藩主京極高国の改易に伴う城受け取りに関する文書(5)福知山城修復に関する文書等である。なお京都関係の絵図として、丹波福知山城、丹後宮津城、丹波亀山城、淀城、京屋敷、伏見城攻図等がある。
また、関連する文書として「松平文庫」(集古S070 島原市教育委員会所蔵)および「寛文七・八・九年福知山藩日記(集古S071 猛島神社所蔵)がある。
本多辰次郎文書(ほんだたつじろうもんじょ) 館古395 館古396 館古428 館古542
宮内省臨時帝室編集局御用掛をつとめた本多辰次郎が、明治天皇紀等の編纂に携わる中で執筆した原稿ならびに収集した資料。受入時期により4群に分けられる。合計329点。明治天皇紀・皇統譜の原稿やメモ、山陵に関する書留・資料、編集・編纂に関わる議事・規程類がある。また、収集したと思われる資料に明治10(1877)年の西南戦争における征討軍側の電報綴(55通)がある。これは陸軍軍用電信送達紙もしくは普通送達紙が使用されており、一部暗号によるものも含まれる。これらの他、本多辰次郎の著作である「大日本史講座第十六巻 日本思想史」(昭和4(1929)年雄山閣)や「真宗の研究」(昭和11年雄山閣)など多くの著作の原稿・草稿がある。
本能寺小学校関係資料(ほんのうじしょうがっこうかんけいしりょう) 館古294
全10冊。明治40(1907)年4月から同44年3月までの校務日誌4冊、同43年の宿帳日記1冊、昭和16(1941)年の学校日誌1冊、同9年「通牒令達重要書類綴」、同15年「融和教育ニ関スル記録」である。
