古文書解題 「ふ」から始まる文書
2011年3月4日 更新
武鑑(ぶかん) 館古537
江戸時代の大名・幕府役人の名鑑。嘉永4(1851)年。1点。
福岡家文書(ふくおかけもんじょ) 館古091
桑田郡寺村(現亀岡市)の庄屋福岡家に伝わった文書、116点。ほとんどが元禄11(1698)年から明治11(1878)年までの証文類で、山林・田畑・建物などの売渡および譲渡が33点、金銀・米の借用が68点、銀子の請取3点、田畑・借家の取替が3点。請状など一札類が4点。ほかは、年欠の冊子で「社寺集印帳」1点、米切手、地価書付、約定書各1点などである。
福長町文書(ふくながちょうもんじょ) 館古462
三条富小路上ル福長町(京都市中京区)の町の運営に関する公的な文書等523点。慶長8年~昭和10年代。町へ届け出る定型的な証文を始め、町儀定など町内運営方法を定めた文書、幕府よりの触・達類、粥の施行や捨て子対策等の救恤に関する文書、幕末の治安や将軍上洛への対応の一件書類、天保期の生活取締に関わる法令や届出、下京上艮組太郎助二十八組の町組の連絡・運営に関わる資料、町代改義一件に関してその顛末を記録した資料や一件後に古町から福長町等新町に示された資料がある。また、明治31年から昭和13年頃までの公同組合・衛生組合等の町内運営の書類がまとまって残っている。
袋町文書(ふくろちょうもんじょ) 館古486
幕末から明治初年の大仏耳塚通五条下ル袋町(京都市東山区大黒町通五条下ル1丁目)の町文書。慶応3(1867)年「町内御天降り方々控」、慶応4年討幕軍出陣への献上物の一件、明治元年「町内惣図面控」ほか。8点。
伏原家文書(ふしはらけもんじょ) 館古247
清原家の庶流である伏原家に伝えられた文書、2点。一つは「氷室山要記」と題する1冊で、中は慶長19(1614)年6月付舟橋秀賢の遺言や寛文5(1665)年11月3日付で伏原賢忠に所領を安堵した将軍家綱の朱印状など、伏原家と氷室山に関する文書約30通を書き留めたもの。他の1冊は表紙に「万延二辛酉三月改 氷室山御領分田畑名寄帳 伏原殿御勘定所」とあって、同家領紀伊郡嶋村、同竹田村、乙訓郡井内村、相楽郡千童子村、同吐師村の名寄帳である。
藤原家文書(ふじわらけもんじょ) 館古291 館古264
烏丸通五条上ル悪王子町に住した藤原家に伝わった文書、50点。同家は山林や家敷地を中心に不動産業を営んでいたようである。明治26(1893)年ごろ、合資会社藤原商社を設立するが、それ以前の明治6年には大阪へ出店し、呉服商も行なっていた。文書は甲群・乙群2群にわかれている。全点明治6年から同44年にかけての家業に関係したもの。その対象が宇治郡醍醐村の山林や市中の家敷地であったことから、これら売買時の手続文書である売渡証文、登記変更や申請、建物図面が残り、大半を占めている。ほかには地券預り証、山林地価金上納証、金子借用証文などが含まれている。
船井桑田両郡弓者御名前帳(ふないくわたりょうぐんゆみものおなまえちょう) 館古571
丹波国船井郡・桑田郡の郷士格として苗字帯刀を許されてきた弓者連中の名前書。村毎に人名が記され一部に注記がある。寛政3(1791)年。1点。
船屋太兵衛家文書(ふなやたへえけもんじょ) 館古546
指物師船屋太兵衛家に伝来した文書。 延宝9(1681)~明治2(1869)。738点。御所から発注される箪笥・戸棚などの道具類、池に浮かべる御船(みふね)の仕様書等がある。ほかに四町目(上京区西堀川通出水下ル)の町文書等がある。
文久三年御触書木札(ぶんきゅうさんねんおふれがきもくさつ) 館古021
将軍徳川家茂の再度の上洛(文久4年1月)を前にした文久3(1863)年12月、浪人の取締を目的に出された触、1点。江戸より到来した触を命により板札に認め、高札場や役人宅前などに懸けさせたものである。
文治二年古写経(ぶんち2ねんこしゃきょう) 館古525
文治2(1186)年の奥書のある古写経。1点。
