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古文書解題 「て」から始まる文書

古文書解題 [総合資料館]

古文書一覧(た行)

2011年3月4日 更新

手洗水町文書(てあらいみずちょうもんじょ) 館古559

手洗水町は京都市中京区烏丸通蛸薬師通下ル、祇園会の轅町。祇園祭の日には町が管理している御手洗井を公開している。資料は明治以降の町の地券関係書類、諸届類、諸経費出入帳等である。外に「手洗水町什物」として保管されてきた「手洗井戸古図」(塩川文鱗画)がある。手洗井戸や烏丸通の街灯の設置・管理等に関わるものもある。明治3~昭和期 。132点。

手帳(てちょう) 館古556

摂家・親王・門跡・寺院等に関する情報、御所絵図、名所旧跡、諸国大名屋敷、出火之次第ほかいわゆる「京都覚書」に類するもの。京都詰になった武士が写を作成し利用していたものと思われる。嘉永年間の写であるが情報は天保後半から弘化年間に掛けてのものである。1点。

伝奏口上留(てんそうこうじょうとめ) 館古060

京都所司代から武家伝奏への口上を書き留めた1冊。嘉永7(1854)年7月から12月にかけての記事がある。この時の武家伝奏は三条実万と東坊城聡長である。

天龍寺文書(てんりゅうじもんじょ) 中集古M008 中集古S301

京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町にある臨済宗天竜寺派天竜寺所蔵の古文書。鎌倉時代から大正期に至る2,424点。この中には本寺天竜寺の文書以外に、塔頭である臨川寺・同寺三会院・宝篋院などのものも含む。
天竜寺は正式には霊亀山天竜資聖禅寺、開山は夢窓疎石。暦応2(1339)年から足利尊氏・直義兄弟が後醍醐天皇の菩提を弔うために建立した。
中世文書は、寺歴を示すものが中心で、室町幕府・朝廷から発給された加賀国大野荘(現金沢市大野町)などの寺領の寄進・安堵・諸役免除に関するものが多数含まれているほか、中世から幕末までの五山官寺の住持の任命書である公帖や天正期(1573~92)の検地帳である指出などが多数残されている。
近世文書は、天竜寺の門前嵯峨一帯の村落・住民の様子を示すものが多く、この中には渡月橋の様子や大堰川の水運や用水に関するものも含まれている。また、寺内の公用日誌とも呼べる年中記録が寛永7(1630)年から幕末まで残されているほか、天竜寺・相国寺などの建築指図やその周辺の絵図類も多数含まれている。 、、
天竜寺文書は、まず京都府教育委員会が調査を行い、当館が追加調査と写真撮影を行った。原本は天竜寺が保存し、当館では複製物で公開している。複製物は写真帳とマイクロフィルムの二形態があり、マイクロフィルムは主に年中記録など記録類を収録している。