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古文書解題 「ゆ」から始まる文書

古文書解題 [総合資料館]

古文書一覧(や行)

2007年03月28日 更新

湯浅家文書(ゆあさけもんじょ) 館古125

船井郡木住村(現南丹市)に住した湯浅家に伝わった文書、29点。正徳2(1712)年~寛政2(1790)年の年号のものが含まれているが、ほとんどは欠年の書状である。湯浅家は、近世、園部藩別格上席の待遇を受けた郷士の家であるが、船井史談会編『湯浅五郎兵衛家由緒書』によれば、紀伊国湯浅庄住人の後裔で、明徳3(1392)年細川頼之が丹波国を領したのに際し現地へ移住したと伝えられる。以来細川家との関係が続き、忠興・忠利の代まで従軍・参戦することがあり、その頃から年々合力金を受けるようになる。この細川家との関係を示す文書である。細川藩の重職の筆頭である長岡佐渡をはじめ、小笠原、有吉、長など重臣の書状で、内容は湯浅家からの進物、挨拶状への返事、藩主伏見通行の際の目見得の連絡などである。

行待家文書(ゆきまちけもんじょ) 館古397

竹野郡溝谷村(現京丹後市)の行待家に伝来した文書、1972点。同家は幕末に庄屋、明治以後は用掛、戸長、村長を歴任した。また産業や教育などの面でも村の中核的役割を果たした。このため明治17(1884)年「府会議案」をはじめとして、府会、郡部会、郡会、区会、村会、農会など、明治初期から中期にかけての地方組織の規則、議案、決議が80点余りある。また明和7(1770)年「御年貢米納通」や「惣作算用覚帳」「金銭出入帳」など、幕末から明治にかけての帳簿類が約200点。さらに安政5(1858)年「御廻状留」は幕府からの達を書き留めたものであるが、明治になってから通達された明治7年「御用状留」など廻状類が約20点。このほか書式、便覧の類や、戸籍、田積、河川、道路、衛生などに関するもの、各種統計といえるものなどが約280点。明治29年「蚕糸業組合原案」など、養蚕に関するものが約100点、明治26年「学校関係書類」など教育に関するものが60点近くある。このほか、明治22年8月22日「条約改正中止建白案」、明治22年「地価修正請願書」、同年「地価修正請願但馬同盟規約」などがある。この地方における自由民権運動の高まりを示す明治16年「城島義塾規定」も含まれている。