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京都府内市町村史目次(長岡京市史 本文編一) [総合資料館]

京都府内市町村史目次集>長岡京市史 本文編一

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凡例

序章 乙訓と長岡

地域の歴史再発見 2 / 長岡京市の位置と自然環境 3 / 原始社会から古墳の時代へ 5 / 長岡京前夜の乙訓地域 7 / 長岡京の時代 9 / 寺院と荘園の展開 11 / 西岡の人々と新しい地域の形成 13 / 戦国の争乱と中世の終焉 15

第一章 自然環境

第一節 生活の基盤

一 地形 18

近畿地方の地形と長岡京市 / 山地 / 丘陵と段丘 / 低地1(扇状地型) / 低地2(氾濫原・後背低地型) / 河川とため池の分布

二 地質と化石 30

近畿地方の地質 / 山地をつくる丹波層群 / 丘陵をつくる大阪層群 / 台地をつくる段丘層 / 低地をつくる沖積層

三 地殻の変動 43

活断層とその分布 / 地震活動の特色

第二節 気候と生物環境

一 気候と気象の特色 48

京都府の気候 / 気象の特色 / 気象災害 / 地下水の分布

二 動物と植物 59

長岡京市の特色ある動物と植物 / 植生の分布

第三節 自然環境の変遷と人間の営為

一 生活基盤の形成過程 64

海底の時代(丹波層群の堆積) / 長い浸食の時代(準平原の形成) / 浅い湖底や内湾の時代(大阪層群の堆積) / 現在の地形が形成された時代

二 人間による自然の改変・破壊過程 68

地形と遺跡の立地環境 / 地形環境の改変 

第二章 採集社会から農耕社会へ

第一節 人類の足あと

一 人類の登場 80

ヒトのひろがり / 日本の旧石器文化 / 前期・中期旧石器時代 / 後期旧石器時代 / 火山灰の前 / 火山灰の後

二 東西文化の交流と旧石器人のくらし 91

瀬戸内技法の石器 / 食物の獲得 / 狩りと漁り / 今里遺跡の景観復原 / 進んだ社会組織

第二節 採集社会の発展

一 縄文時代の始まり 100

自然環境の変化 / 土器の出現 / 縄文時代の絶対年代 / 弓矢の発明 / 縄文人の食物 / 縄文人のくらし

二 縄文時代の展開 111

縄文時代の西日本 / 最古の縄文文化 / 市内最古の土器 / 縄文海進 / 花開く縄文文化

三 乙訓の縄文遺跡 119

市内の縄文集落 / 低地の生活 / 今里遺跡の墓 / 乙訓の土器棺墓 / 縄文の祈り / 人々の交流 / 縄文と弥生の境界

第三節 農耕の開始

一 稲作の始まり 128

乙訓の開拓者たち / 雲宮遺跡の環濠集落 / 神足遺跡の復原 / 谷山遺跡の復原 / 弥生の農耕具 / 弥生の水田 / 収穫と石庖丁

二 弥生人の生活 141

銅鐸と農耕祭祀 / 丸木舟と櫂 / 打製石鏃と磨製石鏃 / 石鏃の大型化 / 弥生人の姿

三 集落の拡大 146

母村と子村 / 雲宮遺跡から神足遺跡へ / 井ノ内・今里遺跡の大集落 / 開田遺跡と南栗ヶ塚遺跡 / 集落の移動と再編

四 交流のひろがり 151

前期の弥生土器 / 中期の弥生土器 / 後期の弥生土器 / 石材の入手 / 鉄と銅

五 高地性集落と倭国の大乱 158

谷山遺跡の発見 / 高地の集落と低地の集落 / 倭国大乱 / 谷山遺跡と山城地方の通信網 / 「大乱」の契機と結末

六 階層分化の進展 164

集落構造の複雑化 / 長法寺遺跡の廃絶 / 環濠集落消滅の原因 / 豪族居館の成立 / 弥生共同墓地の特質 / 巨大周溝墓の出現 / 首長の墓と庶民の墓 / 階層別墓制の確立

第三章 古代国家の成立

第一節 古墳の時代

一 墳丘墓から古墳へ 176

前方後円墳の時代 / 前方後円墳の起源 / 弥生時代の墳丘墓

二 前方後円墳出現の意義 178

前方後円墳出現期の飛躍 / 後円墳と後方墳との関係 / 弥生時代の方丘墓と円丘墓 / 「倭国乱」と勢力の逆転 / 後方墳で結ばれる首長連合 / 墳形と規模との二重原理

三 乙訓における古墳の出現 182

市内最古の古墳 / 二つの埋葬施設 / さまざまな副葬品 / 被葬者の性格 / 乙訓の首長系譜

四 ヤマト王権と前方後円墳の変質 194

古墳と古墳群の変質 / 恵解山古墳の登場 / 中央と地方の権力争い / 最後の前方後円墳

五 社会を支えた人々の墓 204

小規模古墳の被葬者 / 長法寺七ツ塚古墳群の築造 / 民衆の共同墓地 / 群集墳の登場とその背景 / 陶棺が物語ること

六 古墳時代のくらし 211

集落の立地と変遷 / 今里遺跡の風景 / 古墳時代の住居 / 技術の革新と生活の変化

第二節 豪族と古代寺院

一 古代乙訓の豪族 221

乙訓地域の氏族分布 / 乙訓地域の氏族の特徴 / 古墳時代の開発 / 継体天皇の出現 / 弟国宮

二 古代寺院の建立 230

古墳から古代寺院へ / 乙訓の首長系譜と寺院 / 乙訓寺の伝承と歴史 / 郡名寺院の性格 / 乙訓寺の復原 / 乙訓最古の瓦 / 田辺史氏と鞆岡廃寺

第三節 律令国家の成立

一 律令制と乙訓 245

孝徳天皇の山崎宮 / 弟国評から乙訓郡へ / 乙訓園 / 羽束園 / 山崎院と知識集団 / 乙訓の郷名の変遷

二 古道と村落 262

山陰道と山陽道 / 発掘された古道 / 乙訓郡衙の検討 / 乙訓郡衙の整備 / 村の分布と消長 / 住居の構造と変遷 / 村人たちの生活 / 火葬の普及と墓

三 乙訓郡の条里 277

条里地割と条里呼称法 / 乙訓郡条里の様相 / 吉田敬市の復原 / 牟佐田里と長井里 / 国衙の検田と条里 / 長岡京条坊から条里へ / 埋もれた水田 / 条里の残影と実像

第四章 長岡京時代

第一節 長岡京の発見

一 長岡京研究史 292

江戸時代及びそれ以前の研究 / 湯本文彦の研究 / 喜田貞吉の「長岡京」 / 吉田敬市の条里研究

二 長岡京発見の経緯 299

条彷の発見 / 地名の探究 / 小字「大極殿」の限定 / 遺物と遺構の追求 / 近衛府の蓮池跡の発見

第二節 長岡京と古代宮都

一 古代宮都の変遷 307

倭京から新城へ / 藤原宮の構造 / 平城京の建設 / 平城京の宅地利用 / 平城宮の構造

二 長岡京遷都のプロセス 319

桓武朝の思想形成 / 軒瓦にみる造営の変遷 / 遷都戦略 / 前期の宮城構造

三 後期の造営と北辺の整備 327

内裏の移建 / 宮城の大改造 / 宮城南部の拡張 / 北辺官衙の整備

四 長岡京の条坊制と構造 334

条坊制の特質 / 宅地の大規模利用の実態 / 戸主制の成立 / 長岡京の官衙町と宿所町 / 条坊交差点と「都市」機能

五 平安京の造営 343

平安遷都への手順 / 造瓦体制の移動 / 平安京の条坊制 / 平安京の官衙町と宿所町

第三節 長岡京時代の生活と文化

一 都の生産と消費 351

京内の工房 / 甕据え付け穴を持つ建物 / 市のにぎわい / 長岡京の度量衡 / 貨幣の流通 / 塩の生産と消費

二 都のくらし 364

長岡京の土器 / 新たな土器の出現 / 服飾 / 役人のくらし / 長岡京のトイレ / 長岡京の祭祀

第四節 木簡からみた長岡京

一 文字資料としての木簡 385

木簡の発見 / 木に記された文字 / 形態と内容

二 長岡京の木簡 389

水の都 / 前期造営と木簡 / 後期造営と木簡 / 官衙町の整備 / 税収係の検収業務 / 木簡作りに反映する個性 / 回覧文と告知札 / 迷い子の告知 / 文字の普及

第五節 長岡京時代の政治と経済

一 天武天皇の系統から天智天皇の系統へ 406

天武系の天皇 / 光仁天皇の即位 / 井上内親王と他戸親王

二 桓武天皇 412

桓武天皇の即位と氷上川継事件 / 桓武天皇の出自 / 専制君主としての桓武天皇 / 桓武天皇の側近勢力

三 新政治の特質 420

新王朝の創設 / 国家財政の再建 / 軍事と造作

第五章 長岡京廃都と平安京

第一節 長岡京の廃都

一 廃都についての諸説 426

廃都とは / 秦氏援助断絶説 / 洪水原因説 / 怨霊原因説 / 都市機能説

二 平安京への遷都 434

スムーズな遷都 / 藤原氏と遷都 / 急いでの遷都

第二節 平安時代の乙訓

一 廃都後の長岡京 440

都市から農村へ / 交通の要衝 / 郊外の風景

二 新たな土地利用 447

農村化のようす / 第三次山城国府と官道 / 長岡京と国府 / 寺院・別業・墓

第三節 平安時代の宗教と文学

一 長岡京時代前後の宗教政策 458

光仁・桓武朝の仏教政策 / 長岡京遷都と仏教問題 / 京下の七寺 / 京と神社 / 氏神祭祀と都城

二 乙訓郡の寺院と神社 465

乙訓郡の寺院 / 乙訓郡の神社

三 平安時代の文学 473

平安時代の世界 / 紀貫之の世界 / 清少納言の認識 / 和歌に詠まれた乙訓 / 王朝貴族にとっての長岡

第六章 長岡の中世

第一節 中世の寺々を訪ねて

一 真言宗寺院の展開 480

西山の山麓 / 仁和寺開田院と開田法助 / 乙訓寺から法皇寺へ / 戦乱の舞台となった勝龍寺

二 光明寺と法然 486

粟生野荼毘 / 熊谷直実と念仏三昧院 / 証空の西山派 / 天皇の勅願所

三 土御門天皇陵と金原御堂 491

土御門天皇と承久の乱 / 承明門院による落慶供養 / 山陵使の派遣

四 光林寺の阿弥陀如来立像像内納入文書 495

像内納入文書の発見 / 千人の結縁勧進と日課供養 / 一〇〇片単位の念仏供養札 / 念仏供養札にみる庶民の姿

五 海印寺と宗性 500

海印寺の復興 / 東大寺の宗性 / 東大寺僧の宗教活動

第二節 荘園と所領

一 膝下荘園 506

国衙領 / 公家・寺院の荘園

二 光明峯寺領小塩荘の成立 514

広大な散在性荘園 / 九条道家初度処分状 / 小塩の峰を望んで / 一条家と九条家

第三節 下毛野(調子)氏の展開

一 随身下毛野氏と調子家 519

調子家文書 / 近衛の官人 / 下毛野氏の展開

二 鎌倉時代の下毛野氏 524

侍の家と家業 / 所領と散所支配 / 試練の訪れ

第四節 南北朝内乱と西岡

一 鎌倉幕府の滅亡 529

悪党の時代 / 西岡の戦いと林氏の活躍 / 武士と軍忠状 / 六波羅探題の滅亡

二 足利尊氏と西岡の武士 536

建武政権の崩壊 / 南北朝内乱の開始と男山の戦い / 社参の警固役

三 南北朝内乱の中の小塩荘 541

小塩荘の名編成 / 名の解体と加地子名主職の成立 / ミつとき名田の加地子売却 / 南北朝動乱と半済 / 山城守護の関与 / 随心院への寺務委任 / 将軍家御祈願所

四 寂照院仁王像の造立 550

仁王像の像内納入品 / 弥勒上生信仰にもとづく造立 / 結縁交名の村々 / 結縁交名の人々 / 「縁友」をめぐって

第七章 激動する地域社会

第一節 中世の調子氏

一 系図の空白を追う 560

調子氏の家系を考える / 内乱によるダメージ / 調子家の所領

二 懸命の所領支配 566

室町殿への御家人化 / 調子荘の支配 / 借銭の果てに / 石田荘のゆくえ / 調子氏と山崎

第二節 一揆の時代

一 徳政一揆 575

土民蜂起のはじまり / 嘉吉の一揆 / 西岡一揆、洛中を攻める / 一揆の張本 / 一揆と西岡被官人

二 守護と西岡被官人 583

山城国守護職 / 八幡番人夫の徴発 / 守護と勝龍寺 / 勝龍寺の鐘 / 西岡被官人の登場 / 地域の紛争と西岡被官人 / 用水相論と所領違乱

三 応仁・文明の乱と西岡 596

正月十五日京都の乱 / 合戦のはじまり / 野田泰忠の軍忠状 / 久我縄手・物集女縄手の戦い / 大内軍の上洛 / 半済と兵粮米 / 西軍の西岡総攻撃 / 転戦する泰忠 / 大乱の終結

四 乙訓惣国 609

復興する村々 / 郷々出銭 / 惣国の成立 / 香西元長の五分一済 / 向日宮での寄合 / 運動方針の変更 / 惣国と半済 / 惣国のゆくえ / 応仁の乱後の調子氏

第三節 応仁・文明の乱と小塩荘

一 光明峯寺・小塩荘と一条家 622

乱中の光明峯寺・小塩荘 / 一条兼良への小塩荘付与 / 一条家と小塩荘 / 密厳院智海

二 一条家から九条家へ 627

一条冬良の小塩荘寄進 / 水魚のごとく / 薬師寺元長の代官就任

第八章 西岡の戦国

第一節 細川・三好政権と西岡

一 細川家の抗争と西岡 632

薬師寺元一の反乱 / 永正の錯乱 / 高国・澄元の抗争 / 高国・晴元の抗争 / 法華一揆と一向一揆 / 細川晴国の挙兵 / 細川晴元と西岡

二 三好長慶と西岡 639

細川氏綱の挙兵 / 三好長慶の覇権確立 / 三好長慶裁許状 / 長慶の裁判 / 在地の紛争解決 / 三好三人衆

三 戦国期の神足氏と調子氏 649

神足氏の活動 / 調子氏の動き

四 乙訓の中世城館 652

中世城館の実像 / 乙訓の城館分布 / 開田城 / 今里城 / 神足城 / 上里・石見・井内館 / その他の城館 / 乙訓の城館の特徴

第二節 戦国期の小塩荘

一 代官職相論 664

御厨・飯川氏による代官職の主張 / 細川有力家臣の介入 / 九条家・随心院の小塩荘回復 / 相論後の小塩荘支配

二 村落共同体と生産・生活 668

荘民の諸負担 / 村落共同体の変化 / 生活生産の維持と村々のつながり

三 九条政基の小塩荘下向 673

薬師寺元一の乱と小塩荘 / 神足氏抱え分代官職 / 政基の下向 / 事態の切迫 / 水垂被官の殺傷 / 失意の帰京

四 九条家と随心院の相論 684

不信感の拡大 / 小塩荘直納代官 / 随心院の訴え / 随心院代官石田永本

五 小塩荘帳にみる戦国の村 688

大永二年の小塩荘帳 / 荘帳の内容 / 耕地の所在 / 年貢納入責任者 / 荘帳からみた村 / 荘地把握の努力

六 戦国後半期の小塩荘 697

細川政権と小塩荘 / 四手井家保の小塩荘関与 / 二条殿内御乳の小塩荘納物受取 / 和久是徳の警固職就任 / 小塩荘の終焉

第九章 天下一統へ

第一節 中世西岡の終焉と細川藤孝

一 藤孝の勝龍寺入城と西岡 704

和泉半国守護細川家 / 藤孝の出自 / 覚慶救出 / 越前から美濃へ / 義昭・信長の上洛 / 西岡炎上 / 本国寺合戦 / 伝承の勝龍寺城 / 混迷する畿内情勢 / 西岡支配の開始

二 室町幕府の滅亡と勝龍寺城 718

勝龍寺城の家臣たち / 家臣団の構成 / 義昭と信長の村立 / 藤孝と革嶋秀存 / 義昭から信長へ / かりそめの講和 / 室町幕府の滅亡

三 長岡藤孝と西岡国人衆 730

西岡の一職支配 / 統一戦の中の長岡氏 / 一職支配と国人衆 / 物集女宗入の最期 / 藤孝の丹後移封 / その後の国人衆

四 幽斎とガラシャ 741

藤孝と古今伝授 / 桃山文化の中の幽斎 / 忠興と玉 / キリスト教入信 / 悲劇の生涯

第二節 勝龍寺城と山崎の合戦

一 「公的城郭」としての勝龍寺城 747

勝龍寺城の築城 / 永正指図の謎 / 戦国後期の勝龍寺城

二 勝龍寺城の改修 752

細川藤孝と勝龍寺城 / 勝龍寺城の構造 / 発掘調査の成果と城の縄張 / 織豊系城郭としての勝龍寺城 / 近世の勝龍寺城

三 山崎の合戦 762

秀吉の中国攻め / 光秀の反逆 / 中国大返し / 光秀と細川氏の関係 / 光秀の誤算 / 両軍接触す / 光秀本陣の御坊塚 / 山崎合戦の推移 / 地形の状況 / 天王山争奪譚の成立 / 地元の参戦者

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参考文献
写真・図・表一覧
索引

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