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京都府内市町村史目次(和束町史 第一巻) [総合資料館]

京都府内市町村史目次集>和束町史 第一巻 古代・中世の歴史と景観

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古代・中世編

序章 和束町の歴史的性格

第一節 美しい自然と深い歴史が薫る和束町 2

みどり豊かな山紫水明の美しい景観 / 和束町の地理的位置 / 古代大和文化圏に包含された和束郷

第二節 今日の和束町の誕生 11

明治二二年和束郷一五ヵ村は四ヵ村となる / 今日の和束町の誕生

第三節 明治以降の和束郷の家数・人口の推移 15

「京都府」成立と区制施行 / 明治五年和束郷一五ヵ村の家数・石高 / 明治一〇年ごろの和束郷諸村の概要 / 明治二二年町村制施行時の村人口 / 明治・大正期の人口停滞現象 / 昭和三〇年までの人口微増加 / 昭和三五~五〇年の急激な人口減少 / 昭和五〇年以降の人口停滞 / 昭和三〇年以降の職業別人口 / 昭和四〇年ころの生活必需品の購入先 / 昭和四〇年ころの通勤・通学人口

第四節 和束町の歴史的景観 43

"景観"と"歴史的景観" / 古代の歴史的景観 / 中世の歴史的景観 / 近世の歴史的景観

第五節 和束町が位置する"南山城"の歴史的・地理的性格 50

"南山城"(南やましろ)とは / 「山背国」(やましろのくに)・「山代国」(やましろのくに) / 「山背国」から「山城国」へ / 山城国は畿内第一の国となる / 大陸文化の北廻り大和入りのルートをなす南山城 / 史料にみえる相楽郡の渡来人 / 中世以降の南山城 / 二一世紀へむけて始動をはじめる南山城 / 大陸文化をはこんだ「文明の母」木津川

第一章 和束町の地形環境

第一節 地形環境と人間活動 66

第二節 鷲峰山山塊周縁の構造地形 67

傾動性地塁

第三節 鷲峰山断層崖 69

北部断層崖 / 中部断層崖 / 南部断層崖 / 断層崖下の平山丘陵

第四節 和束断層谷 73

和束断層谷 / 水系・高度分布・起伏量 / 和束断層谷東南部の童仙房

第五節 和束断層谷より放射状にのびる歴史的峠越道 82

古くから開けた歴史的通路 / 口畑・奥畑越道 / 木屋峠越道 / 犬打峠越道 / 腰越峠越道 / 殻池峠越道 / 柞峠越道

第二章 縄文・弥生・古墳時代とその文化

第一節 縄文時代とその文化・生活 96

縄文時代 / 縄文遺跡が出土していない和束町 / 狩猟・漁撈・採集生活 / 竪穴住居とその位置 / 南山城地方の縄文遺跡と出土遺物 / 南山城地方から出土の有茎尖頭器

第二節 弥生時代とその文化・生活 107

弥生時代 / 弥生遺跡が発見されていない和束町 / 大陸から渡来した弥生稲作農耕と金属器文化 / 淀川→木津川をさかのぼる弥生文化 / 弥生農耕文化とその農具・生活用品

第三節 木津川流域のおもな弥生遺跡 113

弥生遺跡の位置・地貌 / 涌出宮遺跡 / 弥生系高地性集落 / 弥生系高地性集落の田辺天神山遺跡

第四節 古墳時代とその文化 119

古墳が築かれた時代 / 古墳の展開

第五節 木津川流域の古墳文化と代表的な古墳 124

木津川をさかのぼる古墳文化 / 芝ヶ原十二号墳 / 久津川古墳群と久津川車塚古墳 / 椿井大塚山古墳

第六節 和束町の古墳―木津川から和束川をさかのぼる古墳文化― 134

群集墳をなす和束町の古墳 / 取除かれて姿をけした五基の古墳―三本柿ノ塚古墳 原山古墳 園大塚古墳 二本一古墳 / 大杉古墳―現存している古墳―福塚古墳 お墓山古墳 坂尻一号墳・二号墳 湯谷ノ原(撰原)古墳―

第七節 安積親王の和束陵墓―太鼓山古墳― 157

明治一一年安積親王の陵墓と決す / 安積親王の陵墓についての諸説 / "活道山"・"活道乃道"・"活道岡"考 / 安積親王の急な薨去

第三章 古代の歴史と景観

第一節 和束町に現存する平城京時代の歴史的景観 166

第二節 藤原京から平城京へ遷都 168

大和盆地北部の平城京へ遷都 / 古代の大和文化が栄えた「山背国」

第三節 橘諸兄を首班とする聖武天皇の政治体制 172

藤原氏と天平文化 / 橘諸兄を首班とする聖武天皇の政治 / 橘姓を賜わり左大臣・正一位に昇進した橘諸兄 / 相楽別業―橘諸兄の別邸 / 玉井頓宮と六角井戸 / 橘諸兄が建立した橘氏の氏寺・井堤(井手)寺 / 国分寺建立と大仏鋳造の時代

第四節 平城京を発する古代の官道とその景観 193

自然発生的な"ふみわけ道"の景観 / "作り道"―計画的な直線状の古代官道 / 古代の官道の設置と駅制 / 山背国を通過する古代の官道網 / 和銅四年に設置された「山背国相楽郡岡田駅」 / 山背国相楽郡「岡田郷」はどこか / 岡田駅の比定地考

第五節 和束町の歴史を刻む"恭仁京東北道" 213

近江国紫香楽宮造営のため開かれた古代の官道 / 歴史的古道と街道 / 史料にみえる恭仁京東北道 / 聖武天皇 紫香楽宮へ行幸される / 恭仁京より和束断層谷に入る二つの通路 / 古代の恭仁京東北道の道筋の復原 / 恭仁京東北道の景観をとどめている柞峠越道 / 『京都府地誌』にみえる「信楽道」

第六節 恭仁京 228

史料にみえる恭仁宮造営 / 『万葉集』に詠まれている"讃久邇新京(恭仁京)歌" / 恭仁宮の内裏・大極殿・朝堂院跡 / 恭仁宮の廃都 / 恭仁京(恭仁宮跡)の発掘調査

第七節 紫香楽宮 240

史料にみえる紫香楽宮 / 紫香楽宮跡=「雲井」地区(大字黄瀬・牧)と「宮町」地区説の論争 / 雲井地区の黄瀬・牧の遺跡 / 宮町遺跡が「紫香楽宮跡」の中心地と断定される / 紫香楽宮をめぐる諸説と今後の課題

第八節 "賀世山西道"とその復原 253

史料にみえる"賀世山西道" / 鹿世山西道のルートについての諸説 / "賀世山西道"の復原

第九節 恭仁京東北道に沿う石原宮跡考 261

史料にみえる石原宮 / 石原宮跡考 / 石原宮跡に建てられている例幣使料境目傍(示)石柱

第一〇節 "泉の杣"と"和豆香蘇麻山" 269

『万葉集』に詠まれた"泉の杣" / 『万葉集』にみえる"和豆香蘇麻山"考 / 和束杣の木屋 / 東大寺の杣 / 木津川を流送する用材 / 用材の陸揚港"泉津" / 平城京の外港・上津遺跡

第一一節 木津川横谷北岸の銭司遺跡 285

史料にみえる"和銅開珎"の鋳銭地 / 銭司遺跡の発堀調査と出土遺物

第四章 中世の歴史と景観

第一節 平安京への遷都と"南山城" 296

「山背国」から「山城国」へ / 平安京より発する中世の官道 / 中世以降の南山城の道路体系

第二節 荘園の発達と和束(杣)荘 301

"荘園"とは / 律令体制の動揺と初期庄園(荘園)の増加 / 荘園の発達 / 初期荘園の自墾地系荘園 / 寄進地系荘園とは / 東大寺領に勅施入された「綴喜郡玉井庄(荘)」 / 東大寺領加茂荘 / 平安中・後期における荘園の増加 / 荘園の整理 / 荘園制の消滅

第三節 中世にみえる和束(杣)荘 317

中世の和束(杣)荘の領主 / 杣人が開発した和束荘"杣田"

第四節 元弘の変と和束 323

後醍醐天皇 / 皇居から東大寺をへて鷲峰山金胎寺に入られる / 鷲峰山金胎寺 / 笠置寺と笠置城 / 笠置城での元弘の合戦 / 後醍醐天皇方に馳せ参じた"南山(なんざん)郷土" / "笠置の城"落城 / 南朝哀史の"有王" の里 / 「有王の里」とその地名の由来 / 元弘の変の伝承にみえる地名 / 後醍醐天皇の"建武の新政" / 建武の新政の崩壊と「南北朝」の動乱期へ

第五節 中世の動乱と"土一揆" 360

"土一揆"とは / 正長・嘉吉の土一揆 / 和束・加茂・木津の土一揆奈良を攻める / 南山城で蜂起した土一揆

第六節 応仁・文明の乱と山城国一揆 369

応仁の乱 / 応仁の乱後、南山城にひろがった応仁・文明期の戦乱 / 山城国一揆とは / 史料にみえる山城国一揆 / 山城国一揆の崩壊

第七節 南山城における中世の城館 383

中世の"城館" / 南山城における中世の城郭 / 居城・居館および環濠集落 / 山城・平山城 / 南山城の環濠集落

第八節 和束町域に築かれた中世の城郭 399

米山城 / 米山城出城 / 杣田城 / 森田城(白栖城) / 中世の城郭調査とその復原・保存に関する諸問題

第九節 "大井手"とよぶ灌漑用水路 411

和束郷石寺村領和束川の"井手枕"で揚水 / 瓶原郷が石寺村へ揚水の祝儀を相勤める / "大井手"の維持・管理 / 昭和二八年南山城大水害後の"大井手"の復旧工事

あとがき

お問い合わせ

文化スポーツ部文化政策課 京都学・歴彩館

京都市左京区下鴨半木町1-29

ファックス:075-791-9466

rekisaikan-kikaku@pref.kyoto.lg.jp

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