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京都府内市町村史目次(宮津市史 通史編(下巻)) [総合資料館]

京都府内市町村史目次集>宮津市史 通史編(下巻)

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凡例

第一章 宮津藩の成立と展開

第一節 細川氏から京極氏へ

一 宮津藩の時期区分と近世編の構成 2

二 外様名門の流れ 3

室町幕府名門の流れ / 京極家の没落と復活

三 関ヶ原の戦いと宮津藩 7

関ヶ原の戦いへ  / 細川氏追討令 / 田辺城落城 / 福知山城包 / 大津城籠城戦

四 関ヶ原戦後処理と宮津藩 13

細川忠興、豊後へ / 京極高次・高知兄弟、若狭・丹後を拝領 / 八条宮室京極常子

第二節 三領分立と寛文騒動

一 三領分立と京極家臣団 19

丹後国惣検地 / 三領分立と京極総領家 / 宮津城の再建 / 家臣団の構成

二 寛文騒動と京極家の改易 

御代始の改易―武断から文治へ / 改易の理由 / 家臣団の分裂 / 武家諸法度改定と京極家処分 / 家臣団会議―天下を引き受ける籠城 / 模索される武士道

第三節 永井氏から本庄氏へ―譜代大名の時代

一 寛文改革と宮津藩永井氏・田辺藩牧野氏 38

幕府の上方支配と寛文改革 / 田辺藩牧野氏 / 増上寺殺害事件

二 軍事譜代の時代

軍事型譜代の交替ネットワーク / 阿部氏 / 奥平氏 / 「奥平家日記」を読む / 青山氏と青山鉄之助事件 / 青山家の家臣団と藩財政モデル

三 幕府領の変遷 52

延宝八年の「延高」 / 久美浜代官所の成立

四 新興譜代本庄氏 56

桂昌院の異父弟 / 老中の家

第二章 宮津城下町の展開

第一節 宮津城下町の形成

一 宮津城の建設と城下町の形成 60

宮津城の建設 / 宮津城の規模 / 城下町の範囲 / 慶長七年検地帳 / はま / れうし・かち

二 城下町の構成と拡大 69

町の構成の変化 / 城下町の拡大

第二節 町の構造

一 宮津惣町 72

六幹町と枝町 / 家数・人数

二 地子と家帳 74

地子 / 家帳

三 本家と借家 77

本家持・家守・枝借家 / 本借家と平借家

第三節 町政と町の暮らし

一 町役人と「身元之者」 80

町役所 / 町名主と組頭 / 「身元之者」と三百人講 / 「身元之者」の居住分布 / 献金と褒美

二 飢饉とお救い 84

積添米制度の創設 / 天保四~五年の飢饉―御救米と米安売り / 天保七~八年の飢饉―米の安売りと施粥の開始 / 「おたすけ」と「御救」―半年におよぶ施粥

三 町の裁判制度 90

三庁小則にみる裁判管轄 / 町の裁判制度

四 町の事件簿 92

「死罪の者三十余人」 / 密通 / 死刑と刑吏

第四節 商家の経営と米会所

一 近世前期の商家経営 97

御用商人伊勢屋の悲劇 / 宮津の酒造業

二 丹後絹物商い 100

宮津の産物 / 丹後絹物京問屋 / 糸問屋今林家 / 丹後縞仲買仲間

三 米会所の役割 105

元方と店方 / 米会所の貸付業務

第五節 東新地の廓

一 東新地の沿革 109

廓の成立 / 殿村家「御用留日記」

二 酌取女と茶汲女 112

酌取女と茶汲女のちがい / 酌取女・茶汲女の年季

三 宮津の見番制 114

見番制 / 宮津の見番制 / 花代

四 置屋仲間と芸子 118

「花抜売り」―きく一件 / 「門外へ花売り込み」―梅路一件 / 「直馴染」「抜枕」への制裁

五 東新地の終焉 121

万年町新地への移転

第三章 天橋立と智恩寺門前町

第一節 天橋立の近世化

一 無双霊境から日本三景へ 124

無双霊境としての天橋立 / 日本三景の成立 / 磯清水と犬の堂

二 門前村と門前茶屋 133

門前村と寺百姓 / 文珠村の独立 / 切戸の渡し守 / 門前茶屋のはじまり / 門前茶屋の隆盛と橋立名物

三 天橋山智恩寺 142

智恩寺の修造事業と庶民勧化 / 「公用案牘」から―行き倒れ人と身投石

第二節 橋立截断―江戸時代の文化財問題

一 橋立截断一件 147

溝尻村の訴え / 凌渫策への転換

二 橋立砂嘴の伸長 150

砂嘴伸長の開始時期 / 新切と古水戸

第四章 宮津藩の村々

 第一節 近世的支配の成立

一 村の成立と分化 156

一七世紀に増加した村の数 / 生きつづけた「庄」「郷」のまとまり / 村の統合

二 身分制度と人別支配 160

百姓身分の村 / 宗門人別改帳の作成 / 被差別身分 / 人別支配の諸相

三 土地制度 167

慶長七年の京極検地 / 検地帳にみる下宮津村のすがた / 延高のからくり / 村社会における土地慣行

四 さまざまな賦課 176

賦課の基本―年貢 / 人足賦課と臨時賦課 / 御講とその仕組み / 賦課をめぐるせめぎあい

第二節 村の組織と運営

一 宮津藩の村々 184

宮津藩領の変遷 / 海陸交通の拠点 / 城下周辺の村々 / さまざまな人々が暮らす村 / 海に生きる村、山に生きる村

二 村役人とその役割 193

村方三役と五人組 / 大庄屋と大庄屋組 / 村入用

三 秩序維持へのとりくみ 198

村の自治 / 村人からみた庄屋・大庄屋 / 差別解消運動と村

第三節 さまざまな生業

一 農業 204

稲作と畑作

二 海の稼ぎ 205

漁場と魚 / 各地の漁場と漁業 / 技術の発展と争論

三 山の稼ぎと諸稼ぎ 212

山のめぐみ / 山をめぐる争い / さまざまな「農間余業」

第五章 藩政の展開と文政一揆

第一節 宗発の時代

一 老中になった藩主 220

武功のない家 / 寺社奉行から老中へ / 宗発時代の江戸屋敷 / 度重なる災害

二 文政一揆の真相を探る 228

一揆の通説 / 文政三年の規定書 / 規定書の内容 / 文政十二年の財政改革案 / 財政改革の頓挫 / 文化十三年の財政改革案 / 江戸表の代表栗原理右衛門 / 沢辺の危惧 / 財政危機の深化 / 沢辺の再出馬 / 沢辺の江戸出府 / 栗原理右衛門の失脚 / 新たな難題 / 一揆の勃発 / 一揆の真相 / 決断と行動の人

第二節 文政一揆と宮津藩

一 一揆起こる 248

鯨波、地を震わす / 一揆の背景 / 一揆後の宗発治政 / 大塩平八郎の告発

二 語り継がれる文政一揆 255

文政一揆の物語・記録 / 宗発の免罪 / 悪役にされた沢辺淡右衛門 / 百姓の味方栗原親子 / 新兵衛と為治郎 / 栗原百助の顕彰 / 義民の誕生

第三節 宗秀の藩政改革

一 宗秀の襲封 266

先代藩主の「負の遺産」 / 宗秀の遅い出世 / 天保改革のもとで

二 改革へのとりくみ 269

海防制作 / 国産仕法の開始 / 報恵米と報恩謝徳銀積立制度

三 迷走する藩政改革 275

寺社奉行時代の宗秀 / 宗秀の失脚 / 万延元年・文久二年の国産反対運動 / 宗秀の御国入りと非常時体制

四 幕府崩壊と宮津藩政 283

宗秀、老中となる / 第二次長州戦争と宗秀の失脚 / 第二次長州戦争時の宮津藩領内 / 新政府への帰順

第六章 寺社と信仰

第一節 宮津における寺社の概況と発展

一 市域の寺院分布 292

市域寺院の現況 / 天和二年の丹後国寺社帳 / 丹後地域の寺院の分布

二 寺領の安堵 296

宮津市域の寺領高一覧 / 細川時代の寺領安堵

三 京極氏と寺社 298

京極高知と寺社 / 慶長検地と如願寺 / 城下町の形成と寺社 / 山伏の活躍 / 高広時代の職制

第二節 近世中後期の社会と宗教

一 山王社祭礼と祭礼図絵馬 303

宮津祭 / 絵馬成立の経緯

二 山王社祭礼の具体像 308

祭礼の日程 / 祭礼日の隊列 / 行程の変更と復旧 / 奉仕の分担 / 藩のかかわり

三 東西両町の氏子分けと分宮祭礼 318

氏子分け / 氏子分けの遠因 / 分宮祭礼の変更

四 多様な信心と霊験 322

庄屋引継文書の中の神仏 / 狐つきと女性 / 雨乞い・止雨 / 虫除けの祈禱 / 魚祈禱 / 船祈禱 / 病と祈り / 疫病の流行 / コレラの流行 / 安政六年 / おかげ参り / 府中一宮への順礼 / ええじゃないか

五 神主の動向 334

吉田家と白川家 / 神職組織 / 神職支配の流動性 / 宗門帳別帳化運動の挫折 / 家々の信心へ / 生まれ出る生き神

六 本庄宗秀の寺社政策 345

領主と領民 / 一之御殿の祭礼 / 一之御殿と領民支配 / 霊社の普及 / 祭礼への寄付 / 蛭子尊像の下付

第七章 思想と生活文化

第一節 沢辺北溟の思想

一 武士として生きる 354

沢辺の略歴 / 儒学説 / 道徳論 / 儒者の心得 / 現状への批判 / 真の学者とは / 沢辺の学習態度 / 常人とは何か / 常人の教 / 志節を内に / 義理とは / 人君の役割 / 財政改革論 / 臣の道 / 士の道

第二節 庶民の旅

一 西国巡礼と京街道 372

旅盛行のわけ / 宮津藩領の街道 / 京街道の整備 / 中茶屋喜助 / 久左衛門の活躍 / 宮津の城下 / 宮津から成相寺へ / 成相寺と天橋立 / 宮津から波路・栗田へ / 庶民の旅を支えるシステム

二 旅人の救援体制 384

宮津領内からの旅人 / 宮津領外からの旅人 / 継送システムについて / 喜平母すぎの継送 / 往来手形 / 町在継送状 / 往来手形の成立 / 往来手形不所持の場合 / 継送途中での死去 / 救援体制での地域協力 / 朝鮮人漂流民

第八章 近世宮津の建築・美術

第一節 近世宮津の建築

はしがき

一 宮津の城遺構と武家住宅 402

加悦町愛宕神社拝殿玄関 / 宮津小学校通用門 / 武家住宅の遺構

二 近世の寺院建築 405

1 寺町と寺院群

2 近世以前創建既成寺院の近世にみる発展
国分寺字国分 / 成相山成相寺 / 天蓋山大谷寺字大垣 / 金剛心院字日置 / 栄昌山妙立寺字中野 / 天橋山智恩寺字文殊 / 厳松山如願寺字宮町

3 一間一戸楼門について

三 近世の神社建築 422

1 籠神社本殿
造替と規模について / 本殿の形式、神明造り

2 市内の一間社流れ造り本殿

3 入り母屋造り本殿

四 近世の民家(町家と農家) 431

1 町の地割りと町家
万町の古絵図と間口間数の分布 / 町家の遺構

2 農、漁村の民家
平面間取りの分類(広間型と四間取り) / 丹後型の特徴 / 広間型間取りの変化 / 広間型の遺構 / 四間取り形式の遺構

第二節 宮津の近世絵画

一 天橋立図の世界 449

名所風俗図の屏風群 / 真景図としての展開

二 その他江戸時代中期までの宮津の絵画作品 454

友松・蕭白・旭江・青陵

三 江戸時代後期の絵画 458

都市の絵画 / 京都画壇の活躍 / 四条派―智源寺の四条派作品群

四 江戸の民間画壇と宮津藩 472

文晃と正持 / 『郷土と美術』

五 宮津に請来された書画 484

近代の宮津における書画収集熱

六 与謝蕪村と宮津 492

初期俳諧と宮津・天橋立 / 彭城百川の芭蕉像と宮津俳壇 / 丹後時代の蕪村の画業

第九章 維新の変革と宮津

第一節 宮津藩の解体と豊岡県の成立

一 宮津藩の解体 502

西園寺公望の山陰鎮撫 / 山陰鎮撫後の宮津 / 「ええじゃないか」と山陰鎮撫 / 版籍奉還の背景 / 久美浜県と伊王野知事

二 豊岡県下の行政と宮津の人々 512

廃藩置県と豊岡県の設置 / 二つの「解放令」と民衆騒擾 / 戸籍法と大区小区制

第二節 地租改正と地租軽減・地価修正運動

一 地租改正 522

地租の改正と再改正 / 地租改正の結果

二 地租軽減・地価修正運動 527

地租軽減運動の開始 / 明治十年の請願 / 明治十三・十四年の再闘争 / 最後の攻防戦 / 勝利の美酒

第三節 京都府への編入と地域の変貌

一 地方制度の転換 536

京都府への移管と宮津 / 連合戸長役場時代 / 府中地域の概観 / 連合町村会の成立

二 地域社会の変貌 546

消防・警察機構の整備 / 郵便事業の発達 / 裁判所と宮津監獄 / 宮崎六左衛門「日誌」から / 七組連合町村会の挫折 / 一村独立か村連合か / 松方デフレと士族授産

第四節 天橋義塾と自由民権運動

一 天橋義塾の創設 558

小室信介と天橋義塾 / 創立期の天橋義塾 / 天橋義塾の人々 / 天橋義塾の教育 / 西南戦争と天橋義塾

二 宮津の自由民権運動 567

自由民権運動への途 / 国会開設運動 / 憲法草案の作成 / 自由懇親会と三丹遊説 / 在地の民衆結社 / 沢辺・小室の死と天橋義塾の衰退 / 天橋義塾の解散と宮津中学校

第五節 義務教育の登場

一 明治前期の学校・村 582

学制と宮津 / 学寮規則 / 村の小学校教員 / 村の学校運営 / 山崎義丈「明治十七年与謝郡学事状況 / 宮津小学校の推移

第六節 水運の変貌と道の開鑿

一 由良川水運と海運 593

明治維新後の海運と由良川水運 / 共同運輸株式会社と丹州汽船株式会社

二 京都・宮津間車道 597

橋立・大嶋間海岸道路の開鑿と千賀大鑑 / 栗田峠切下げ計画 / 京都・宮津間車道工事の開始 / 栗田峠開鑿の車道開鑿への編入 / 宮津への道の完成 / 車道開鑿の後

第七節 明治前期の経済

一 商工業 607

「破産の宮津」から復興へ / 縮緬業―生産地から管理センターへ / 製糸業―「毎戸製糸」の残存 / 酒税軽減運動

二 農林業 613

作物交代と品質問題 / 米作改良と老農の招致 / 農業団体の設立―茶業組合と農会 / 蚕糸業―京都府の立ち遅れ・宮津の先進性 / 林業―入会権をめぐる争い

三 漁業 619

水産物流通の動揺と新魚問屋の成立 / 海面官有宣言と漁業秩序の再編

第十章 明治中後期・大正期の政治と社会

第一節 新町村の成立

一 町村制の成立と宮津 626

町村合併の実施 / 町村会議員と町村長 / 区の機能と区有財産 / 町村行財政の整備 / 全町村組合から郡制へ

二 明治中後期の政治動向 639

第一回総選挙と宮津 / 神鞭知常の時代 / 政党化の進展と政争

第二節 日清・日露戦争と宮津の人々

一 宮津の日清・日露戦争 650

日清戦争と宮津 / 日露戦争と銃後の活動

二 明治中期の地域生活 658

『宮津之新潮』と『扶桑健児』 / 近代化の進展と青年会 / 伝染病の流行と衛生問題

三 明治期の宗教事情 665

神道の動向 / キリスト教の布教 / 宮津仏教護法会 / その他の諸宗教の普及と村の規制

第三節 日露戦後の地域の動向

一 日露戦後の政治・行政 670

神鞭死去後の丹後政界 / 大正政変と宮津 / 津原武と神谷卓男 / 宮津町の上水道整備と明治四十年の大水害 / 電燈と電話の普及 / 御大喪・御大典と地域 / 部落有林野の統一と神社合祀 / 民力涵養運動と生活改善 / 大正中期の政治動向 / 人口の動向と宮津町の町営住宅 / 郡制廃止 / 城東村の宮津町編入(1)―合併の理由 / 城東村の宮津町編入(2)―交渉経過

二 日露戦後・大正期の地域生活 698

地方改良運動の展開 / 若連中から青年会へ / 婦人会・軍艦・遊廓 / 第一次世界大戦と米騒動 / 大正期の演芸・娯楽

第四節 教育の普及と制度の多様化

一 義務教育の普及 710

明治二十五年の小学校設備状況 /  「就学歩合」 / 卒業児童数の増加 / 村の教員 / 学校設備 / 分校設置 / 小学校と行事

二 明治後期・大正期の教育課題 719

高等小学校の設置と困難 / 進路保障としての実業教育 / 農業補習学校の設置と高等小学校 / 大正八年度準則

三 女子教育の状況 726

義務教育後の進路 / 裁縫教育 / 高等女学校 / 女性教員の学歴 / 宮津幼稚園の開設

四 明治後期・大正期の地域と学校 731

明治末・大正期の学校 / 軍隊と学校 / 児童の身体

第五節 明治中後期・大正期の経済

一 商工業 738

発展と変動の時代 / 経済組織と制度の整備 / 宮津商工業の振興団体―宮津実業協会 / 明治三十年代の宮津町の諸営業 / 大正時代の宮津町の経済概況 / 宮津町の商工業 / 業種別賃金の水準と推移 / 縮緬業―組織化から急成長へ / 不況・休機と丹宣活動 / 製糸業―毎戸製糸の存続とその組織化 / センターとしての宮津 / その他―石材資源調査

二 農林業 752

産業組合の設立 / 農会による米作技術の指導と普及 / 園芸作物の発展 / 養蚕業の発展 / 林業―造林の気運と製炭業の発展 / 畜産業―畜牛・酪農・養鶏の取り組み / 日置村における産業振興計画の策定 / 農家小組合の時代―新しい市場と技術への対応 / 産米検査の実施と小作争議の発生 / 矛盾緩和への手立て―協調組合と自作農創設事業 / 小作地返還

三 漁業の発達 767

与謝郡水産業組合の成立とその活動 / 京都府水産講習所の創設とその事業 / 漁業法の制定と漁業組合の成立 / 鰤大敷網の導入から鰮瓢網へ / 遠洋漁業開拓への努力とその結果

第六節 天の橋立公園の成立と観光

一 天の橋立公園の成立 782

車道開鑿以前の天橋立 / 交通の整備と明治二十年代初頭の天橋立 / 景勝保存の開始 / 天橋立公園化計画の開始 / 与謝郡の公園へ / 天の橋立公園の成立と規則 / 皇太子行啓と府費補助の要請

二 大正期の天橋立 791

傘松の編入 / 史蹟名勝の指定 / 保存と設備の充実 / 二つの橋の架橋 / 滝上遊園・由良公園 / 丹後鉄道舞鶴・宮津間の開通と天橋立駅の設置 / 府への移管 / 天橋立保勝会

第七節 海運と陸運の発達

一 海運の発達 803

宮津湊の特別輸出港指定運動 / 日露韓貿易株式会社の設立と挫折 / 宮津近海の海運網の形成 / 「裏日本化」の進展のなかで

二 鉄道の発達 812

丹後鉄道株式会社の頓挫 / 日露戦後の鉄道敷設運動 / 丹後鉄道宮津線の開通

三 道路交通の発達 820

土木費補助の時代 / 村の道路修繕と受益者負担 / 自転車の普及と自動車の登場 / 道路法と府県道の認定

第十一章 昭和前期の宮津

第一節 昭和前期の政治と社会

一 丹後震災 830

丹後震災 / 普通選挙 / 栗田小学校移転問題 / 電力料金値下げ運動

二 戦争の時代へ 846

公益質屋と職業紹介所の設置 / 日中戦争以前の衆議院議員選挙 / 栗田航空隊誘致運動 / 大正・昭和期の衛生事情

第二節 戦時下宮津の政治と社会

一 日中戦争の全面化と動員政策の展開 855

盧溝橋事件の勃発と軍事動員 / 軍事扶助の推進 / 防空演習と警防団の設置 / 国民精神総動員運動の展開 / 日置村の教化村指定

二 翼賛体制の確立とアジア・太平洋戦争の開戦 860

新体制運動の生成 / 宮津市域の翼賛運動 / 部落会・町内会・隣組の整備 / アジア・太平洋戦争の開戦 / 翼賛選挙

三 戦時下の社会と暮らし 867

銃後の生活 / 大江山ニッケル鉱山への勤労動員 / 宮津空襲 / 戦没者の状況

第三節 戦争の時代と教育

一 学校と地域 873

学校設備 / 大礼・御真影・奉安殿 / 学校行事と体育・健康 / 保護者会 / 小学校卒業後の状況

二 戦時中の学校生活 882

日中戦争の開始と銃後の学校 / 奉仕作業 / 児童・生徒の戦争動員 / 決戦下の諸学校 / 暁星女学校生徒の進路から / 疎開 / 対米開戦と学校

第四節 統制経済と宮津

一 商工業 893

 昭和戦前期の商工業概況 / 縮緬業―震災からの復興を経て黄金時代へ / 戦時体制下の縮緬業再編 / 製糸業―黄金時代から恐慌へ / 戦時体制下の製糸業再編 / 宮津の商工業概況 / 統制経済への対応―諸営業の組合化

二 農業 900

震災と農林水産業 / 世界恐慌下の農村問題―増産から経営改善へ / 模範農家に学ぶ / 経済更正運動―由良村の経済更正計画 / 救農土木事業の実施 / 景気回復期の農・畜産業 / 各町村の農業類型 / 養蚕業―震災と恐慌に抗して / 上宮津村における小作事情調査 / 農地調整法下の農地委員会と自作農創設事業 / 満州農業移民の取り組み / 農業統制と農業組織の統制団体化 / 戦時体制下の農業・農村風景

三 戦時期の漁業 921

昭和初年の与謝郡漁業 / 水産製造業の発展と水産物流通の変革 / 恐慌から戦時体制への移行と漁村の状況

第五節 昭和前期の観光と交通

一 昭和戦前期の天橋立 929

成相ケーブルと天橋立遊覧協会 / スキー場の増大 / 国立公園計画と天橋立内面自動車専用道路計画 / 戦時下の天橋立 / 「天橋立切断計画」と大江山ニッケル

二 海運と鉄道 937

「満州」・朝鮮の開発と日本海時代への期待 / 難航する宮津・福知山間鉄道敷設

三 道路と自動車 944

自動車の普及と土木事業 / 戦時下のブロック統合―丹後海陸交通株式会社の創設

第十二章 宮津の発展

第一節 戦後改革と新宮津

一 政治・行政改革と宮津 950

敗戦 / 占領軍の進駐 / 占領改革の進展 / 宮津町警察の設置 / 占領政策の転換の影響 / 戦後の天橋立

二 戦後改革期の教育と社会・文化 963

教育改革の進展 / 小学校への改称と新制中学校の設立 / ケーズ旋風 / 新制高等学校の発足 / 栗田村への海軍用地返還 / 社会運動・労働運動の高揚 / 占領期宮津の文化運動 / 伝統文化の復活

第二節 戦後改革と戦後の経済

一 商工業 978

敗戦の混乱―闇経済と電力不安 / 製糸業と縮緬業 / 町村合併期の産業構造 / 舞鶴市・綾部市との比較

二 農業 983

農地改革の実施―地主制から自作農制へ / 農地改革で問題になったこと / 小作側主導で勧められた上宮津の農地改革 / 農業会から農協へ / 農業・農村の多角化―農協技術員の岡山視察

第三節 宮津市の成立

一 上宮津村の宮津町への編入 991

町村合併論議の開始 / 上宮津村の宮津町への編入

二 宮津市の成立 996

合併交渉の経過 / 宮津市成立の基本条項 / 宮津市の成立 / 由良村の編入

第四節 市制成立後の宮津

一 宮津市域の地域開発 1003

人口と過疎化対策 / 市長・市議会議員選挙と衆議院議員選挙 / 火力発電所建設問題と海洋センター / 宮津エネルギー研究所の開所 / 道路網の整備 / 宮福線・宮津線と北近畿タンゴ鉄道 / 天橋立と観光の進展 / 丹後リゾート

二 生活環境整備の進展 1020

福祉のまちづくり / 水道・下水道 / ごみ対策 / 教育環境の進展 / 消防と災害 / 国際交流 / 文化とスポーツの振興 / 宮津を書いてきた人々

巻末

編さん委員・専門委員名簿
下巻執筆者名簿
資料提供・協力者
写真・図・表一覧

お問い合わせ

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ファックス:075-791-9466

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