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京都職人・仕事百科 第11回

文化財保存修復技術者  小原 良明さん(財団法人美術院・国宝修理所技師 49歳)

わが国の仏像修理に百年以上の歴史

小原 良明さん

 いま三十三間堂の千体仏修理に携わっております。年間15体を運び出し、京都国立博物館内の工房で修理中です。有名な千手観音立像(重要文化財)一千一体は12〜13世紀の作。当時、京の都中の仏師を総動員して造像したといわれています。この修理は昭和48年から始め、約七百体を終了。すべての像が完了するまで、あと20年から30年はかかる予定ですから、その頃私はもういません。気の遠くなるような仕事です。
 前回修理は昭和32年に終えていますから、仏さまに積もるホコリは50年分以上。私の人生より長い歳月がそこにあると思うと、ホコリもおろそかにできません。修理は漆箔の剥落止めを主に行います。解体・補足が中心だった前回修理の次の段階です。仏像表面の漆箔の黒ずみはそのままで一切手を加えません。

歴史に手を触れる重み

小原 良明さん

 美術院は明治以来、国宝修理を行っています。私は高校を卒業し浪人中、たまたま近くのお寺で講演された元美術院所長の故西村公朝先生(仏像彫刻家)のテープで「京都に仏像の修理をする所がある」と聴きました。「そこで仕事をしたい」と思い、自分で探して連絡し、試験を受けに来ました。
 この仕事を辞めたいと思ったことは一度もありません。美しい仏像というのはどこから見ても美しく、寝床でも浮かんでくるほどです。あそこはどうやって修理しようかと、修理の方法を四六時中考えて、夢の中でも修理しています。
 テレビや写真で仏像を見る人は多いと思いますが、実際に三十三間堂の端から端まで歩いてみると、造られた当時の空気に触れているかのようです。わけても一千一体というお姿をいま、この時代に目の当たりにできる素晴らしさ。こうして受け継いでいるものを、時間の流れとともにさらに後世に受け継いでいくのが文化財修復の仕事だと思っております。

財団法人美術院
 明治31年(1898)、東京美術学校長を辞した岡倉天心が創立した日本美術院に始まる。古社寺保存法に基づく国宝修理部門として主に彫刻の修理に取り組み、昭和43年財団法人美術院となる。工房は京都のほか奈良、九州の国立博物館内。

小原 良明さん

小原 良明(おはら よしあき)
 昭和33年長野県生まれ。昭和55年、財団法人美術院に入所し京都国立博物館工房勤務。これまで東大寺、法隆寺等の国宝修理に携わる。

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