京都職人仕事百科 第15回
面打ち 岩井 彩さん(61歳)
木に宿る精を打ち出す

面打ちは昔から「古面を写す」ことを理想としています。いまお手本にしている古面は、面打ちの祖ともいえる室町初期の赤鶴作。七百年前の面ですが、こうして対峙していると、訴えかけてくるものがあります。それを一生懸命に読みとって、その精神を現代に写す。七百年前の時代の人は、とても自由闊達に打っていますね。でも、それを写した江戸時代のものは、スケールが小さくなってくる。忠実に写すことがいかに難しいかを思い知らされます。私は、自由に打った昔の良さに帰りたいと思います。
面打ちを習って最初に打つ面は、だいたい皆さん、まずまずだな、いいな、と思われるのですが、それは必ず自分に似ています。人間には自我があるので、個性が出るのです。その個性をいったん消して、どこまでも忠実に写す。自我を消すことが、何よりも大事とされる世界なのです。
大事なのは平常心


能面には優雅で静かな表情もあれば、嫉妬や憎悪をたぎらせる恐ろしい表情もあります。でも、いずれの表情も打つときは平常心です。嫉妬や憎悪の面を、打つ者が同じ気持ちになって打ったのでは、いい仕事はできないし、そもそも集中できません。
面の材はヒノキ。木の中には精霊が宿っていて、それを打ち出すから、能面師のことを「面打ち」と呼ぶのだとか。そういう認識は私どもだけでなく、仏師さんも彫刻をされる方も同じように言われますね。だんだん形ができて、面に表情が現れる一瞬は、自分の手の内を越えた、木が生きていることのおごそかさを感じるものです。その木に向かって、ひたすら魂を打ち込む。といっても、どこまで行ってもキリがないほどの、とてつもなく奥深い世界です。能面は何百年も残るものですから、後世に恥じない作品を伝えねばと気が引き締まります。
- なぜ、この道に?
面に向かっていると、引き込まれていくような魅力があった。 - 一日の仕事時間は?
午前二時間、午後三時間、集中的に。彫りに半月、彩色に半月、一つの面に約一ヵ月かかります。 - 師に学んだこと
「上手になるには技ではなく自分を磨きなさい」。この言葉を座右の銘にしている。 - 面打ちを志す人にひと言
面打ちを仕事にするのは難しい。ちゃんと仕事をもって、その上で打つことを勧めるのが、残念ながら現状です。

岩井 彩(いわい あや)
昭和22年京都市生まれ。名人・北澤如意を師とする母娘二代の能面師。母の勧めで大学時代に入門、結婚・子育てを経て本格的に取り組む。昭和56年の初個展後、能舞台で使用され始め、観世・宝生流の能面を手がける。京都伝統工芸協議会副会長、京都市伝統工芸連絡懇話会会長。
