京都職人仕事百科 第31回
祇園祭北観音山作事方 談・笠原 清美(60歳)
縄がらみの美学

祇園祭の鉾(ほこ)建て・山(やま)建てなど、大工方(だいくがた)を担うのが作事方(さくじかた)です。作事方は今でいうたら工務店。親父の代から北観音山を守っています。僕が作事方に参加した昭和39年は、まだ先(さき)の祭り(17日)・後(あと)の祭り(24日)に分かれていた頃。当時は先祭りの放下鉾(ほうかぼこ)と後祭りの北観音山、両方をやってたんで、放下鉾の巡行を終え、解体しながら同時に後祭りの北観音山を建てるといったふうでした。
山鉾の組建ては、釘を一本も使わず縄だけで行います。木組(きぐみ)を縄掛けして、より強くするために樽(たる)巻きをする。樽巻きは3、5、7と奇数にするのが習わしです。縄がらみ全体が蝶の形に見えることから「雄蝶(おちょう)」「雌蝶(めちょう)」。鶴が羽根を広げてるようでもあるので、亀甲形(きっこうがた)の巻きと合わせて「鶴亀(つるかめ)」、ほかに「杵(きね)と臼(うす)」いう巻き方もあります。
縄掛けも「遊び」が大事

樽巻きをさらに海老(えび)の形に束ねますが、そのとき遊びを残します。縄でも遊びが大事やからね。海老の形には今よりもっと生きのよさそうな巻き方もあって、そういう伝統にこだわりながらも一方では、伝統を生み出す努力も必要やと思う。僕らは昨年、これまでにない巻き方を工夫し披露しました。今年も多分やるでしょう、見てください。
北観音山の作事方は、親父の時代は10人くらいやったのが、今は30人近くいます。大工や建築の専門家だけで山を建てるんやのうて、本当に好きなもんがやるべきやと僕は思うからね。うちは工務店をすでに辞めて、僕は会社勤めの作事方です。ただし何を置いても祭り優先、「7月10日から20日までは会社を休む」のが前提で勤める。こんな生き方もあるいうことですわ。
- なぜこの道に?
年が離れた三人兄弟の末っ子の僕に、なんで親父は跡を継がせたのか。今になって性格の向き不向きをよう見てたなと思う。 - 師は?
父に学んだことと、あとは自分で本で調べ、勉強したりもした。 - 若い人にひと言
一生懸命やってる若い人にはもうちょっと余裕を持てと。張り詰めると切れてしまうからね。

- 笠原 清美(かさはら・きよみ)
- 昭和24年京都市生まれ。父は北観音山(きたかんのんやま)と放下鉾の作事方頭領、昭和41年の先祭り後祭り合同巡行後、北観音山専属に。父を継いで30余年、生業(なりわい)は別に持ち「祭りの好きなもん誰でも来い」のユニークな作事方を統率している。平成14年祇園祭山鉾功労者表彰受賞。
