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明治150年京都創生コラム【第2回】

「都をどり」の始まり

 明治4年(1871)、東京奠都(てんと)により衰微(すいび)した京都を復興させるために、日本で最初の博覧会が西本願寺で開催されました。この博覧会の成功を受け、翌年には「第一回京都博覧会」が開催される運びとなり、娯楽的な催しを取り入れたいと考えた京都府大参事(副知事)の槇村正直が、祇園一力亭の杉浦治郎右衛門と京舞井上流の片山春子(三世井上八千代)に協力を求めました。片山春子は、お座敷舞とは違うレビュー形式の総踊りを新たに考案しました。これが都をどりの始まりで、当初は、博覧会の「附博覧(余興)」という位置付けでした。

 幕を下ろさずに背景を変えるだけで場面を転換する、斬新な趣向を凝らした近代的で華やかな踊りは、外国人観光客にも「チェリーダンス」と呼ばれて、大変な人気を博しました。

『明治六酉歳大新版 京都賑見立』(京都学・歴彩館所蔵)

『明治六酉歳大新版 京都賑見立』(京都学・歴彩館所蔵)

明治6年に発行された、京都博覧会の番付『京都賑見立』には、「都踊里(都をどり)」が東の大関として掲載され、その賑わいぶりが伺えます。

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