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鴨川真発見記<25から30>

鴨川・高野川の飛び石(第30号)

何のため?なんでこの形?

  鴨川や高野川をしばしば散策される方は一度は飛び石を渡ったことがあるのではないでしょうか。

  併せてこの飛び石「何のため?」と思ったり、「なぜこの形」と思ったこともありませんか?

<鴨川の代表的な風景となった出町の飛び石>



  この飛び石は、河床の安定を図るという主目的のために設けた横断構造物(これを「帯工」といいます。)の上にいろいろな形に模したコンクリートブロックを配置したもので、水位が低い時には人が渡ることができるという二次的な役割を果たしているのです。

    今から約20年前に「河川環境整備」の一環で親水機能を合わせ持つ仕組みにチャレンジした技術職員の試みが「鴨川を代表する風景」へと成長した姿だったのです。

    「鴨川を元の姿に」や「自然に配慮した整備を」などの意見を述べられる方も大勢いらっしゃいますが、この「飛び石」に関しては「親水施設」としてのみならず「川を渡る為の生活施設」として小さな子供から年配の方、更には愛犬まで数多くの足を受け止めてきました。そして私達はその存在を受入れ「昔からそこに存在していた」かの錯覚にさえ陥ってます。

    どこにどんな飛び石があるのか御紹介しましょう。

    現在使用可能な飛び石で一番上流にあるのは、鴨川の北山大橋下流。京都土木事務所のすぐ傍にあります。こちらの飛び石は少し小さめの「三角おにぎり形」がずらりと並んで、途中数カ所に「菱形」の少し大きなブロックが配置され、すれ違う時はここで待ちます。

<北山大橋下流の飛び石 通勤にも便利 右岸から> 

 

    道路で言えば待避所が設けられています。
    各ブロックには「鯉」「サギ」「ゆりかもめ」などの鴨川に生息する生き物のプレートが貼り付けられています。

<帰りもここを通ります 左岸から 北山> 

 

 

    この飛び石は京都土木事務所でも通勤に利用している職員もいるようです。

<犬達も1列に並んで渡ります 北山>



  次に北に位置しているのは高野川の高野橋下流の商業施設前にある飛び石です。
  亀と大きめの飛び石が配置されています。ブロックの間隔が少し広めなので先の方へ移動してから次のブロックへと渡ります。

<川の水に親しんだり 涼んだり 高野>



    進行方向によっては亀の頭を踏んづける形になりますので、その時は「御免ね」とつぶやきながら渡っています。
  こちらも買い物へのルートとして地元の方の橋代わりの利用も多く見ることができます。

<住宅街からの買い物に便利 高野>



  続いては一番有名な出町の飛び石です。「高野川」「鴨川」の合流点の手前で二つの河川にまたがり設置されています。

<一際賑わう飛び石 出町 鴨川右岸から>



  こちらには前出の「亀」と「鳥」と「四角のブロック」が配置されています。
    「亀」に寝そべったり、またがったりと、夏の猛暑をしのぐ親水の場として賑わいます。
    ちなみに「鳥」は先斗町の千鳥マークと同じ「千鳥」を模したものともいわれています。

<鴨川のチドリ 荒神橋上流>

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  次の飛び石は、賀茂大橋の一本下流の荒神橋の上流に位置します。

<家族連れなどで賑わう飛び石 荒神>



   こちらも「亀」がメインのブロックが設置されています。こちらは水量が少ない時期には小石の河原が現れて地続きとなり子供達の遊び場となります。

<小さな子供も保護者と一緒なら安心 荒神>

 
<石投げに良い石無いかな 荒神>



  最下流に位置しているのが、二条大橋上流の飛び石です。こちらには「千鳥」と併せて4隻の小舟が設置されており、映画「タイタニック」のまね事をしたり、舟に腰掛けて読書したりと思い思いの利用がされています。

<高瀬舟風のブロックが見えます 二条>



 <飛び石から川に入って生物研究 二条>


<チドリの営巣に良い感じの河原が姿を現します 二条>




<私も乗せて 本物の舟で遊ぶより安全です 二条>


    雨の後の増水時の飛び石は、ぬれて滑ったり、遠目には頭が水から出ていても近くに行くと沈んでいたりと危険ですので、完全に水位が下がるまで横断は控えていただいたほうがよろしいかと思います。

              平成24年7月5日(京都土木事務所Y)

飛び石位置案内図(PDF:441KB) 

 

「葵祭」の行列が鴨川を渡る橋は?(第29号) 

 
「出町橋」「北大路橋」「御薗橋」の3橋


    前回は「上賀茂・下鴨」両神社と「鴨川・高野川」両河川の関わりについて触れましたが、今回は「葵祭」の行列コースについて紹介してみたいと思います。

    朝に御所を出発した行列は、下鴨神社でお昼の休憩の後に終点上賀茂神社へと向かいます。

    「下鴨神社」へと入る手前で鴨川の「出町橋」を最初に渡ります。この「出町橋」が台風により一部損失した際には、一つ上流の「葵橋」(「新出町橋」と呼ばれていた)を渡ったこともあるという”エピソード”を説明した看板を「葵橋」右岸上流のベンチの傍に設置しています。



    「出町橋」は大正時代には歩道という概念も無く、渡河する行列見物する人々は河川敷きから見上げていたそうです。

  今の状況はどうかと「出町橋」に出向いてみました。

  予想どおり「わんさか」の見物人に圧倒されながら到着の行列を待ちました。行列が到着すると誰もが同じ行動です。20年前では起こらない現象をみることとなりました。

<我も我もと手が伸びます>





    「携帯端末」や「デジカメ」で行列の様子を撮影する人々です。あちらもこちらも「ニョキ、ニョキ」と手が伸びて当方の写真に写り込んでしまい「行列の様子を撮影する」というよりもその手を撮影することとなってしまいました。


 








 

    行列は下鴨本通りを北上し、北大路通りを西進、「北大路橋」を渡って「加茂街道」を北上します。

  京都土木事務所の向かいに行列が姿を現したので、再度行列に近づいてみると、「出町橋」とは違い両面通行の加茂街道では街道沿いの新緑に平安装束が映えてとても風情を感じることができました。

<加茂街道は広々でゆったり見物できます>



            平成24年6月26日 (京都土木事務所Y)

葵祭の様子( PDFファイル ,1MB)(PDF:1,567KB)

鴨川と高野川から引き込まれた「禊ぎ」のせせらぎ(第28号)

 

上賀茂神社と下鴨神社と鴨川・高野川の関わり


  京都三大祭のトップを切って開催されました「葵祭」。このお祭りの「休憩地点」と「終点」である「下鴨神社」と「上賀茂神社」。


    この両神社へは「鴨川」と「高野川」から禊ぎの小川が引き込まれています。
    「上賀茂神社」へは鴨川の柊野堰堤の下流にある明神井堰から引き込まれていた水が神社境内では「ならの小川」と呼ばれるせせらぎとなり、葵祭に先だって行われる「斎王代禊の儀」(下鴨神社と隔年で挙行)が行われています。

<鴨川志久呂橋(しくろばし)下流の明神井堰>

<途中畑の野菜に命の水を分配しながら流れます>

<上賀茂神社の境内「ならの小川」>

  

    境内を出るとその流れは「明神川」となって再度鴨川へと合流していきます。 

<明神川は鴨川と賀茂社家へ別れて流れます>
   

    「下鴨神社」へは高野川の上流に井出ヶ鼻井堰から「泉川」として引き込まれます。泉川は農業用水路として整備されましたが、その流末では下鴨神社へ流れ込み、こちらも禊ぎの水として利用され、境内から出ると鴨川と高野川の両河川へ分かれて流れ込んでいます。

<高野川山端橋下流の井出ヶ鼻井堰から「泉川」へ>

<下鴨神社境内の「泉川」>

<泉川から高野川へ合流>

<河合橋上流へ流れ込みます>

    この様に「鴨川」「高野川」は平安の時代から「葵祭」の基礎的な部分に大きく関わっている河川なのです。
昔はこの鴨川を神聖な川として綺麗に保つ様に狩猟で捕まえた獲物を洗うことを禁じた命令も出されたそうです。

    京都土木事務所では鴨川の清流を守るため、上流域において土石の流入防止を目的として定期的なパトロールに取り組んでおり今後とも目を光らせていきたいと考えています。
                                                                   

平成24年6月27日(京都土木事務所Y)

  

半木(なからぎ)の道って何?(第27号)

「はんぎ」じゃないの?誰が名付けたの?


  鴨川真発見記第11号で紹介しました「八重紅垂れさくら」の並木道となっている「半木(なからぎ)の道」ですが、昨年の初夏の頃ふと思い立ってどうして「なからぎ」なのか調べることにしました。

<半木の道南端の「半木の道」標識柱>





  京都観光文化検定の公式テキストブックにも登場する「半木の道」、半木神社の存在と共に紹介されていますが、その名が「半木神社」に由来するとの記述はありません。

    「半木(なからぎ)の道」の命名は、当時の京都府知事の発案であると、桜の寄附団体である「鴨川ライオンズクラブ」の方から後で聞きましたが、ともあれ「半木神社」のことを調べてみることにしました。

    京都土木事務所の近くを車で通りかかると、カーナビに「半木神社」が表示されます。表示場所は明らかに「京都府立植物園」の敷地内の様でした。

    入口で係りの方に尋ねてみました。「ここに”なからぎ神社”という神社はありますか?」「その神社は正式な神社ですか?」すると係員の方からは「あります、あります。それは世界遺産上賀茂神社の末社で由緒正しい神社です」とのこと。

    園内案内パンフを片手に園内を奥へと進んでいきます。これまでに何度となく足を運びましたが、その存在には全く気付いていませんでした。

<半木神社の鳥居>



    園内の奥、池のほとりに鳥居があり、祠が祀られていました。由緒書きを見ると、「その昔この地に居を構えた秦氏にまつわる神社で上賀茂神社の末社」とあります。上賀茂神社には「半木神社のお守り」も販売しているとの案内もありました。「これは上賀茂神社へ参上するしかないでしょう」とその足で向かうことにしました。

    上賀茂神社の大きな案内板に見つけました。「末社」ながら世界遺産の一員です。ついでに息子に「実守」(みのりまもり)という努力が実るお守りを購入して調査を終了しました。

<「実守」という名のお守り>



(このお守りの御利益かどうかは分かりませんが、息子は今年高校1年生になって元気に通学しています。)

ちなみに、この「半木(なからぎ)神社」のある地域は「半木(はんぎ)町」という町名で、「半木の道」は当所の所在地である「賀茂今井町」に位置しています。

             平成24年6月26日(京都土木事務所Y)

半木神社( PDFファイル ,1MB)(PDF:1,050KB) 

野鳥子育て真っ盛り(第26号)



「あちら」「こちら」で親子連れを見かけます

  春 「野鳥の恋の季節」を経てそのDNAが引き継がれていきます。
 先日の報道ではカルガモの親子が「とあるお寺」の池から鴨川へお引っ越し、警察官の交通整理の手も借りて無事に毎年恒例の行事を終えたとありました。
<ここまで大きくなると子供だけで泳いでいます>

<それでも親鳥が水から上がると後に続きます>

  カルガモの中には、小さな雛の時から鴨川で育つものもあって、お引っ越し組は「親と変わらぬ体格」の子供を連れたグループと同時に「まだまだ生まれて数日」と思われる子供を連れたグループが同時に見受けられます。
<まだまだ親鳥から離れられません>


  この小さな雛は親に後ろに金魚のフンの様について回っていますが、親に遅れて急いで追いつく時は水の上を「泳ぐ」というより水面を走っている様で、まるで「ゼンマイ仕掛けのおもちゃ」がピューと進むのに似た素早い動きを見せます。

  カルガモは成鳥になっても雄と雌の違いがわかりませんが、マガモの雄は首が緑に色づくのでよくわかります。徐々に羽毛が生え替わる様で、次の写真は緑の中に茶色が斑に残った状態の雄が親と一緒に行動している様子です。
<少し汚れた様に見えるのが雛のなごりです>


  ツバメは水面を盛んに飛び回り、虫を捕獲します。水を飲む時も飛びながら口を開けて水面から汲み取ります。鴨川の近隣住宅の軒下に作った巣で待つ雛は、大きな口を開けて「ピーピー」と鳴きながら親からの食事の配達を待っています。

<ツバメはペアで餌の確保に出掛けます>
 
  こちらは「アオサギ」の親子?かと見受けますが、カモと違い静かに佇んで見守っているようです。「サギ」の場合は幼鳥でも単独行動が多いようで成鳥と並んで見るのはこれが初めてでした。
<どちらが成鳥でしょう。体格は左が大きいですが。>


「ダイサギ」「コサギ」は真っ白で幼鳥なのか成鳥なのか、単独行動なので見分けがつきません。以前紹介しましたとおり、魚の捕獲が下手なのが幼鳥かな?くらいの見分けです。

子育て一年生の親鳥もベテラン親鳥もこの巣立ちまでの数ヶ月は一生懸命愛情を注いで育てているようです。

             平成24年6月22日(京都土木事務所Y)

 
野鳥の子育て( PDFファイル ,1MB)(PDF:1,742KB) 

 

 

鴨川の桜も懸命に生きている(第25号)

 
桜の自己再生プロジェクトを見た

  京都土木事務所では、鴨川と西高瀬川の合流点を府民の皆さんが集える拠点として整備しています。
  その拠点には府民の皆様に様々な種類の桜を長い期間に渡って楽しんで頂ける様な整備を検討しています。

  そのため、お隣の「府立植物園」の職員さんによるフィールドワーク「桜の勉強」をお願いしました。

  この時の参加者一同「これは知らなかった」と感心したのは、桜の再生でした。

 桜の幹が「ボロボロ・フワフワ」に枯れてしまいスポンジ状になった所に「幹の上部で元気な所」から「ひょろひょろ」と根が伸びてきます。
  この根を竹で作った筒に苔を詰めて地面へと導くと、太く成長した根はやがて幹へと変化して命を繋いでいくそうです。

  根の養生を始めたばかりの木と、幹へと成長し枝が伸びるまでに育った木「ビフォーアフター」を見ると「なるほどこうなるのか」と納得しました。

<ビフォー>           <アフター>

  
 
(京都府立植物園サクラ再生プロジェクトの一環)

  この時のお話しでは、人が手入れしない場合でも自らのスポンジ状の幹の中を根が伸びて地面に達し、やがては空洞となった幹の中に新たな幹を形成する場合があるとのことでした。  

  お話しを聞いた時は身近にそんな桜があるとは思ってもいませんでしたが、鴨川散歩の途中で何気なく桜の木を見ると倒れそうになっている幹を杖の様な柱で支えられているのが目に入りました。
 

    鴨川側を正面と仮定して、加茂街道側の裏に回ってみると何やら幹の中に数本の幹らしき存在があります。

<逞しい生命力です>



 

  「これがあの時教えてもらったあれか」と、人の手助けなしに身近に存在していたことに驚くとともに、この場所で今春に花見をしたことを思い出して、まだまだ見えていないことが多いなと思うのでした。

            平成24年6月20日(京都土木事務所Y)

<桜咲く時期は幹には目が向きません>



 桜の自己再生( PDFファイル ,1MB)(PDF:1,620KB)  

                   

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