ホーム > 産業・しごと > 農林水産業・農山漁村 > 林業振興課の業務について > ガンを克服!私のすべてを賭けて京銘竹の伝統を守っていきたい!!

ここから本文です。

ガンを克服!私のすべてを賭けて京銘竹の伝統を守っていきたい!!

京銘竹…京都で育ち、京都で加工された竹材・竹製品のこと。白竹、図面角竹、ゴマ竹、亀甲竹など。

田中 益一さん

  • 昭和29(1954)年生まれ
  • 向日市在住
  • 趣味:竹林に入ること
  • 祖父の代に興された「カネマス 田中竹材店」の3代目社長

活動記録

  • 元来は伏見清酒の樽の輪竹づくりを稼業とされていました。
  • 輪竹は原材料だったマダケが昭和40年代に一斉枯死以降、図面角竹(※1)等の製造へと移行されました。
  • 現在は、向日市竹産業振興協議会の会長を務め、京銘竹を軸に地域の活性化に向けた活動をされています。

※1 図面角竹…京銘竹の一種。柔らかいタケノコのうちに四角い型をはめて角竹にし、硫酸、硝酸、砥の粉を混ぜ、竹の表面を焼き模様を付けたものです。建築用やお茶の道具などに利用されます。

<図面角竹> 

仕事の内容や形態を教えてください

 銘竹・青竹・京銘竹生産製造、加工・卸小売と幅広く取り扱っており、冬は門松の資材づくりと年中忙しいです。常に竹林か作業場のどちらかで作業をしています。
 妻には、出材してきた竹を水で洗う「竹洗い」と帳簿付けをお願いしています。

<所狭しと並んだ京銘竹>

仕事の中で工夫したこと、こだわりを聞かせてください

 地元である京都の竹を使うのはもちろん、図面竹を加工する際に使用する砥の粉に混ぜる砂も京都の砂を使うようにしています。京銘竹を残したい。そして良い製品をつくりたいと願っています。それはそのまま京都の竹を京都府内でももっと使って欲しいです。

現在に至るまでに一番つらかったこと、苦労したことは?

 私は、祖父や父にこの竹家の仕事を1から仕込まれました。祖父には竹藪の特性を、父にはあらゆる竹の加工技術。そしてどんなにしごかれてもへこたれず、必ず自分の技として身につけるのだと、そう思って頑張ってきました。それをつらいと思ったことはありませんでした。
 苦労といえば、今この時代が一番苦労が多く、つらいときではないかと思っています。
 どうやって売っていこうか?どうしたら少しでも高く売れるだろうか?それほど竹屋の業界は厳しくなってきました。残念なことですが、竹業界は、もう日常生活に密着した産業ではなく、工芸品としてその存続を維持しています。

やってきてよかったと思ったことは?

 向日市竹産業振興協議会が向日市寺戸、物集女両町の竹林に囲まれた農道沿道に7種類の竹垣を製作しました。「寺戸大塚古墳」をイメージした「古墳垣」など地名を付けられた垣根が、観光に訪れた人々に「その名にふさわしく竹の垣根、竹の結び目が大変美しい」と話題を集めたときです。

 <これが「古墳垣」だ!>

夢や楽しみは?

 毎年2つの中学校から地元の仕事体験学習ということで6人の学生を4日間、受け入れをしています。
 体験学習が終わった後でも、必ず何人かは、この仕事を覚えたいとその後も訪ねてくれます。作業も大変なはずなのに楽しく笑顔で頑張ってくれています。こういった形で後継者が育ってくれればと思っています。

 何か伝えたいことはありますか?

 平成16年にガンを克服しました。もう命はないものと思い、一時はあきらめかけたのですが、まだまだやり残したことも多くあり、なんとしてでも生き抜くぞと頑張りました。それも家族みんなの支えがあればこそです。ガンの療養に2年間のブランクができましたが、それを家族が支えてくれました。現在84歳となる父も、私の入院中は、中心となって仕事を切り盛りしてくれました。この場を借りて家族には「ありがとう」とお礼が言いたいです。
 また、妻には「いつも竹をきれいに洗ってくれてありがとう」と心の中で感謝しています。
 だからこそ残された一生を京銘竹の伝統技術の継承に捧げたいと思うのです。

好きな植物は何ですか?

竹。やっぱり竹に囲まれていると落ち着く。

お問い合わせ

農林水産部林業振興課

京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町

ファックス:075-414-5010

ringyoshinko@pref.kyoto.lg.jp

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?