京都市鞍馬における里山利用と伝統文化

京都府の里山の自然と文化

京都府にはミズナラ林やコナラ林、アカマツ林などの里山林が分布する。多様な樹種により構成される里山林や定期的に伐採した跡地には、様々な植物やキノコ類などが分布する。ミズナラやコナラ、クリ、トチノキ、クロモジなどの樹木の幹や枝、実、根は、燃料や用材、栗おこわ、栃餅、垣根などの材料として利用されてきた。林床に分布するサンショウ、アケビ、チュウゴクザサなどの葉や花、実は、佃煮やおやつ、厄除け粽などに用いられた。ナラタケ、マイタケ、マツタケ、コゴミ、ゼンマイなどのキノコや山菜も採取されてきた。身近な里山の自然資源は、「大文字送り火」(写真1)、「鞍馬の火祭」、「松上げ」、「吉原の万灯籠」などの伝統行事においても利用されてきた。

大文字送り火の火床準備
写真1 大文字送り火の火床準備(2022年8月16日)

府内にはこうした自然資源を利用する伝統行事が数多く存在する。

京都府内に広く分布してきたアカマツを含む群落は、コバノミツバツツジ-アカマツ群集である1)。「京都らしさ」を支える生物資源調査結果2)を見ると、アカマツ、マツタケ、キキョウなどが特に重要と考えられる生物種に選定されている。アカマツ林は、京都市内の伝統行事や造園、食文化などに不可欠な自然資源を供給する生態系となり、生物多様性の観点からも重要である。しかし、アカマツ林の面積は大きく減少している。図1は環境省の自然環境保全基礎調査に基づく1981-1989年、2000-2020年のアカマツ林の分布である。

京都市におけるアカマツ林の分布の変化
図1 京都市におけるアカマツ林の分布の変化
(出典:京都市(2022)「京都らしさ」を支える生物資源調査結果)

アカマツ林は高木層ではアカマツが優占し、亜高木層にはコナラ、ヤマザクラ、タムシバ、クロモジ、低木層にはコバノミツバツツジ、モチツツジ、ネジキ、林床にはツルリンドウ、ワラビなどの多種多様な植物が分布する(写真2)。

アカマツ林のコバノミツバツツジの花
写真2 アカマツ林のコバノミツバツツジの花(2023年4月)

1960年代以降、マツ枯れ、ナラ枯れ、ニホンジカによる食害や台風による被害により、アカマツ林の植生は大きく変化してきた。里山としての利用や手入れがなくなった後の植生遷移によって、アラカシやヒサカキ、ソヨゴなどの常緑広葉樹が優占したり、スギやヒノキの植林地に変化したアカマツ林も多い。アカマツ林などに特徴的なツツジ科低木も減少し、日照不足で開花が確認できない低木も多く、マツタケなどのアカマツ林に特徴的なきのこ類も出なくなった。伝統文化を支える自然資源の調達が困難となるとともに、資源としての質も低下している。

里山と密接にかかわってきた地域での暮らしや生業、人とのつながりの消失は、長年にわたって培われてきた伝統文化や地域固有の豊かな自然に大きな影響を与える3)。里山の健全性や自然資源の持続的な利用を担保し、生物文化多様性を保全していく必要がある。地域全体の多様性の維持のためには、落葉広葉樹林を維持し、コバノミツバツツジやネジキを含む低木、落葉性風散布型樹種の定着・維持を促すような機会、たとえば落ち葉かきや萌芽更新を促すなど何らかの撹乱を伴った施業が必要である4)

京都市鞍馬におけるサンショウ利用

京都市周辺の里山は、自然資源が都市部に供給する場としても京都の文化的景観や伝統文化の形成に深く関わってきた5)。京都市左京区鞍馬は、京都と若狭地方を結ぶ鞍馬街道沿いの中継地に位置し(写真3)、外側の地域との結節点としての役割を果たすとともに、鞍馬寺の門前町となってきた。

鞍馬集落周辺の里山林
写真3 鞍馬集落周辺の里山林(2022年4月)

鞍馬の標高は188〜851 mであり、急峻な地形に広葉樹二次林(アベマキ-コナラ群集、モチツツジ-アカマツ群集、クリ-ミズナラ群集など)、スギやヒノキの人工林がモザイク状に分布し、大部分は私有林となっている。鞍馬の商家の多くは炭問屋であり、炭は鞍馬より奥の花脊、久多、大原といった北山の村々で生産され、鞍馬で規格が揃えられて「鞍馬炭」としてブランド化されて都へ運ばれていた歴史がある。火打ち石や「鞍馬石」も産出され、暮らしや庭園など京都の名勝地を形づくる石材を供給する場となっていた。

江戸中期に黒川道祐が京都を探訪した際の紀行文である『近畿歴覧記』6)は、鞍馬の特産品として「山椒ノ皮」や「木ノ目漬」を挙げている。現在では「木の芽煮」を主とした佃煮が鞍馬の名物として販売されている(写真4)。

サンショウを使った佃煮
写真4 サンショウを使った佃煮(2021年5月)

鞍馬の住民は、里山に自生しているサンショウを採集したり、植え替えたサンショウを育てたりしながら、香りや季節の味を楽しんできた6)。ワラビなどの他の山菜やキノコを里山から採取して自家用に使う世帯も存在するものの、地域全体で広く利用されてきた食材の1つがサンショウとなる。自生するサンショウの実生やその実生を植え替えて採集し、採集時には採集木が枯死しないように採集量の抑制を行うなどの工夫をしてきた。こうしたサンショウを利用し続けるための積極的な働きかけは、「半栽培」と捉えることができる。

鞍馬のサンショウ利用が継続してきた主な要因は3つある。1つめは、サンショウの生育環境が住民の生活空間に存在することである。住民は主に里山林に自生するサンショウを利用するだけでなく(写真5)、自宅周辺の庭や畑などに植え替えて利用してきた。

里山林でのサンショウの実の採取
写真5 里山林でのサンショウの実の採取(2022年4月)

2つめは、サンショウの利用が生活習慣や季節の営みとして根付いていることである。子供の頃からサンショウを用いた料理を食べたり、おすそ分けをしたりしながら、食べる喜びや季節の到来を実感してきた。3つめは、地域内に5 軒の佃煮製造販売者があり、地域の名物としての経済的価値を感じることができる。しかし、最近では生業の変化により山仕事のついでにサンショウを採集することはほとんどなくなり、住民が集落から離れた里山林に採集に行く機会が少なくなっている。ニホンジカによる被害や山の手入れ不足などにより、サンショウの資源量も減少し、佃煮の材料としてのサンショウを販売する量も大きく減少している状況にある。

「鞍馬の火祭」に用いる自然資源

毎年10月22日におこなわれる「鞍馬の火祭」は由岐神社の例祭であり、その起源は平安時代中期にさかのぼる。この頃、京都では平将門の乱や大地震など、動乱や天変地異が相次いで起こり、世の中の平安を願う朱雀天皇の詔により、940年に御所に祀られていた由岐明神が鞍馬に遷宮された。その際に鞍馬の村の人々が暗い夜道で松明を持って迎えた、という故事を再現しているのが「鞍馬の火祭」である。

「鞍馬の火祭」では多様な里山の自然資源が利用され、「鞍馬火祭保存会」が中心となって松明の材料などを調達してきた6)。松明には、形態や大きさが異なる大松明、中松明、小松明、トックリ、手松明、神楽松明がある(写真6)。

松明とかがり火
写真6 松明とかがり火(2024年10月22日)

大松明は高校生以上、中松明は中学生、小松明は小学生が担ぎ、トックリは幼児が親に付き添われてもつ。松割木をツヅラフジで括ってつくった手松明には、主に神輿を照らす灯り、神楽松明のニオイや神事ぶれに使うもの、組頭がもつ松明の3種類がある。手松明をつくる時には、約50 cmに玉切りしたアカマツの材を鉈で小割りにし、2〜3日水に浸けておいたツヅラフジで束にする。2段目は1段目のツヅラフジの括り目に小割りしたアカマツを挿し込み、3段目から順次継ぎ足して所定の長さにする。神楽松明づくりは御旅所でおこない、関係役員を中心に2日かけて合計4本の神楽松明をつくる。神楽松明の材料は、柴、ジン、フジの蔓、スギの丸太、スギの木羽、稲藁、マダケなどとなっている。フジの蔓は大小様々なサイズと長さがあるので様々な場所を括るのに適しており、燃えにくく、肌が美しく、また括り易く緩みにくい。手松明に用いられるツヅラフジは燃えにくく、フジより細いため小振りの手松明を括るのに適している。フジやツヅラフジは、彼岸以降の旬に採取するのが肝要であり、こうすることで折れにくく長持ちする。フジの蔓は、フジの花の時期に場所を確認するなどしながら、1年かけて採取場所を確保している。かがり火は、集落内の駐車場や御旅所などで地面に直に原木を組んで燃やすもので、材料としてはアカマツやスギ、広葉樹を利用している。

アカマツはすべての松明に不可欠な自然資源であり、重くて赤みが強く、油分の多いジンを含む部分が用いられる。ジンが燃えた時の独特な芳香は神様を招き、担ぎ手の気分を高めると言われる。人が担ぐ松明の柴は、コバノミツバツツジ、クロモジ、ヤマツツジ、ネジキ、ソヨゴ、ヒサカキなどである。暮らしの中で燃料に利用されてきた里山の柴と共通する真っ直ぐで太さが1~3 cm、長さは2 m程の広葉樹となる(写真7)。

馬火祭保存会メンバーによる柴出し
写真7 馬火祭保存会メンバーによる柴出し(2014年9月)

特に重宝されるのは、木肌がきれいでまっすぐ伸び、粘りがあり乾いても折れないコバノミツバツツジである。

以上のように、「鞍馬の火祭」では、里山の自然資源の中から用途に見合う性質をもつものを調達し、加工するという先人の知恵や技術、伝統知が随所にある。「鞍馬の火祭」を継続するには、数百束の柴が供給できる里山林を毎年確保する必要がある。柴は乾燥のためしばらく山中に置かれ、秋になると「鞍馬火祭保存会」のメンバーが協力して柴出しなどをおこなう。「鞍馬の火祭」で使う柴を量的、質的にどれだけ確保できるかを示す「柴採取ポテンシャル」の調査では、アカマツの優占度が高い森林でのポテンシャルが高いことが明らかになった9)。「柴採取ポテンシャル」が低いのは、ヒノキ、ソヨゴなど常緑樹の優占度が高い人工林であった。今日、鞍馬の里山林での「柴採取ポテンシャル」が低下しており、鞍馬以外での柴採取に頼らざるを得ない状況がある。

鞍馬においてコバノミツバツツジの生育地は、地域全体の約3割の地域が該当するが、柴利用が可能なのは潜在的な生育地の2割以下と推定されている10)。落葉が堆積した森林でコバノミツバツツジの更新を促す場合,落葉掻きや定期的な伐採などの撹乱を伴った施業が提案されている4)。また、シカの食害対策として防護柵の設置、良好な光環境を阻害する樹木の除去、接続する林道の整備なども松明用の柴採取を継続する上で重要となる。

伝統行事は集落のシンボルであるとともに、京都の文化的景観、木の文化、森の文化を育んできた。伝統文化を支える里山利用の継続には、長期的な視点とともに新たな仕組みに基づく社会実装が急務である。鞍馬では地域内の里山林で火祭用の自然資源を持続的に確保するため、「鞍馬火祭保存会」と大学、企業などが連携した伝統文化と生物多様性の保全を目指した里山再生プロジェクトが行われている11)。具体的な活動として、大学生と連携した里山林のモニタリング、里山再生のための作業(写真8)、防鹿柵の設置、地元小学生を対象とした自然観察会などがある。

「鞍馬火祭保存会」による里山再生に向けた活動
写真8 「鞍馬火祭保存会」による里山再生に向けた活動

こうした里山に関わる伝統文化を世代や地域を超えつなぐことは、里山における豊かな自然、生物多様性を未来につなぐ大切な取り組みとなるといえよう。

文献一覧

1) 宮脇昭(1984)日本植生誌[5](近畿) 至文堂

2) 京都市(2022)「京都らしさ」を支える生物資源調査結果

3) 深町加津枝編・著(2024)地域文化を支える人・社会・自然のつながり Vol.4 未来にアカマツの文化と生業をつなぐために(人間文化研究機構 広領域連携型基幹研究プロジェクト-横断的・融合的地域文化研究の領域展開:新たな社会の創発を目指して)ISBN:978-4-910834-41-2

4) 平山貴美子、山田勝俊、西村辰也、河村翔太、高原光(2011)京都市近郊二次林における遷移進行に伴う木本種構成および種多様性の変化 日本森林学会誌93: 21-28.

5) 京都市(2022)「京都の文化的景観」調査報告書

6) 新修京都叢書刊行会編(1968)『新修京都叢書3 近畿歴覧記/雍州府志』 光彩社

7) 奥野真木保、深町加津枝(2023)京都市鞍馬における住民のサンショウの採集利用と継続要因 ランドスケープ研究86(5):617-622.

8) 深町加津枝(2016)人と自然とのかかわりが育む京都の歴史的風土 公園緑地77(4): 19-22,

9) 日高芙美、深町加津枝、藤井基弘(2021)伝統行事「鞍馬の火祭」で用いる森林の柴採取ポテンシャルの評価 日本緑化工学会誌47(1):69-74.

10) 田中慶太、深町加津枝(2023)京都市鞍馬本町におけるコバノミツバツツジの潜在生育地の推定と柴資源としての利用可能性 日本緑化工学会誌 49(1):21-26.

11) グリーンレター編集部(20)未来のための森づくり〈第5期〉鞍馬火祭保存会取材記事「火祭りや暮らしの資源を自分たちの里山で」 グリーンレター45:22-27.