小動物の分布にもとづいて地域の自然環境を判定する試みが盛んに行われている。とくにチョウ類は、①ほとんどすべての種の生活史が解明されている、②愛好家が多く様々な情報が豊富に存在する、③昼間に活動するため目視による種の同定が比較的容易、などの理由によって、自然環境指標としての地位が確立している。ここでは、京都府に分布するチョウの概要を述べ、次いで京都市周辺において生じているチョウ分布(チョウ相)の変化と土地利用の関連について述べる。
1 京都府に分布するチョウの種数と類型化
2015年に作成された京都府自然環境目録によると、京都府内において観察・採集されているチョウは117種である(京都府, 2015)。ただし、観察・採集の記録があるチョウの中には、台風などによって運ばれてきた偶産種、園芸植物などとともに国外を含む他地域から意図せずに運び込まれた非意図的な人為移入種、誰かが他府県で採集し、飼育したものを意図的に放した意図的な人為移入種が含まれている。このような種は一時的に棲みつくこともあるが、ほとんどは定着できずに消滅する。目録に掲載されている117種の中には、このような偶産種が4種(スジグロカバマダラ、リュウキュウアサギマダラ、ウスイロコノマチョウ、キベリタテハ)、非意図的な人為移入種が2種(クロセセリとクロマダラソテツシジミ)、意図的な移入種が1種(ホソオチョウ)含まれている。ただし、クロセセリ、クロマダラソテツシジミ、ホソオチョウは現在のところ経年的に観察できるので、現在、京都府に分布するチョウは目録に掲載されている117種から偶産種4種を除外した113種と考えることにする。
チョウをはじめとする日本の昆虫はその由来によって、日本列島をはじめとする東アジアに古くから分布していた日華区系の種、ユーラシア大陸に広く分布し、分布を大陸から日本列島に拡大してきた旧北区系の種、インドや東南アジアといった熱帯・亜熱帯地域が原産で、比較的最近に分布を日本列島に拡大してきた東洋区系の種に分類できる(日浦, 1973a, b)。京都府に分布する113種を日華区系、旧北区系、東洋区系という地理的分布型によって分類すると、表1に示すように、日華区系75種、旧北区系16種、東洋区系22種となる。
| 環境嗜好性 | 遷移ランク | 日華区系 | 旧北区系 | 東洋区系 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|
| 草原性 | SR1 | 0 | 3 | 2 | 5 |
| SR2 | 1 | 0 | 1 | 2 | |
| SR3 | 9 | 4 | 7 | 20 | |
| 林縁性 | SR4 | 10 | 1 | 2 | 13 |
| SR5 | 19 | 4 | 4 | 27 | |
| 森林性 | SR6 | 31 | 4 | 2 | 37 |
| SR7 | 5 | 0 | 3 | 8 | |
| SR8 | 0 | 0 | 1 | 1 | |
| 合計 | 75 | 16 | 22 | 113 | |
このような日華区系のチョウの種数が多いことは、京都府だけでなく、日本列島に分布するチョウの特徴である。日華区系のチョウは、東アジアにおける分布の歴史が長いため、細かな環境に適応して種分化が著しく進んだ結果、種数が増加したと考えられている(日浦, 1973a, b)。これに対して、後から日本列島に進出した旧北区系と東洋区のチョウは、種分化が進んでいないために種数は比較的少ない。
チョウは、幼虫時代に食草・食樹とする植物(寄主植物)がどのような環境に分布するかによって、その環境嗜好性を草原性、林縁性、森林性に分類できる。チョウの環境嗜好性を幼虫時代の寄主植物が植生遷移のどの段階に主に属するかに基づいて分類する遷移ランク(stage rank: SR)という指標が考案されている(Nishinaka & Ishii)。京都府を含む西日本の低地の植生は、主に草丈が30 cm程度までの植物によって構成される低茎草原、主にススキのように草丈が1〜1.5 mに達する植物によって構成される高茎草原、樹齢が概ね10〜50年程度の樹木で構成される若齢林、コナラやクリなどの落葉広葉樹を中心とした落葉広葉樹林、シイやカシなどの常緑広葉樹を中心とした常緑広葉樹林に分類でき、人が干渉しなければ低茎草原→高茎草原→若齢林→落葉広葉樹林→常緑広葉樹林というように遷移する。SRは1から8までの数値をとり、数値が大きいほど、植生遷移の最終段階の環境に適応した種と考えることができる。具体的には、SR1と2は人による撹乱がとくに著しい都市部の空地や河川敷のように茎丈の低い先駆植物に覆われた草原、SR3は高茎草本によって構成される安定した草原、SR4と5は草原との境界である林縁を含む若齢林、SR6は落葉広葉樹林、SR7以上は常緑広葉樹林に依存する種である。なお、SRの考案者らは、SR1と2を草原性、SR3と4を林縁性、SR5以上を森林性としているが、ここではSR3とSR5に分類される種の内容から、SR1〜3を草原性、SR4と5を林縁性、SR6以上を森林性として考察する。
京都府に分布する113種をSRにもとづく環境嗜好性に従って分類すると、表1に示すように、113種中97種(85.8%)はSR3〜6(高茎草原〜落葉広葉樹林)であり、人による撹乱が激しい都市部に多い先駆植物に依存するSR1と2、人の手がほとんど及んでいない植生遷移が進行した常緑広葉樹林に依存するSR7以上の種はきわめて少ない。すなわち京都府に分布するチョウの多くは、植生遷移の途中に位置づけられる高茎草原から落葉広葉樹林に依存した種である。このような草原や落葉広葉樹林は、人の管理によって維持されている二次的なものであり、いわゆる里山環境に付随したものである。京都府のチョウの大半を占める日華区系の種は、様々な環境に適応して細かく種分化しており、様々な植物によって構成される二次的な草原や落葉広葉樹林などの多様な環境を有する里山に依存してきたといえるだろう。
2 京都府レッドリストに掲げられたチョウの特徴
京都府レッドリスト(京都府,2015)、または日本鱗翅学会による京都府産チョウのレッドリスト(矢後ら,2016)には「情報不足」というカテゴリーを含めて、合計で26種(全113種の23.0%)が記載されている。表2は、これら26種を環境嗜好性と地理的分布型にしたがって分類したものである。
| 環境 嗜好性 |
遷移 ランク |
日華区系 | 旧北区系 | 東洋区系 | 合計種数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 草原性 | SR1 | - | - | シルビアシジミ |
1 (20.0%) |
| SR2 | - | - | - | 0 | |
| SR3 |
ギンイチモンジセセリ ヘリグロチャバネセセリ ヤマトスジグロシロチョウ オオウラギンヒョウモン ウラナミジャノメ |
ヒメヒカゲ | ツマグロキチョウ |
7 (35.0%) |
|
| 林縁性 | SR4 |
ミヤマチャバネセセリ オオヒカゲ |
- | - |
2 (15.4%) |
| SR5 |
ギフチョウ スジボソヤマキチョウ クロシジミ |
ウラギンスジヒョウモン シータテハ |
- |
5 (18.5%) |
|
| 森林性 | SR6 |
オナガシジミ ヒロオビミドリシジミ ウラジロミドリシジミ ウラナミアカシジミ キマダラルリツバメ ベニモンカラスシジミ ウラミスシジミ オオムラサキ クロヒカゲモドキ ヤマキマダラヒカゲ ヒメキマダラヒカゲ |
- | - |
11 (24.3%) |
| SR7 | - | - | - | 0 | |
| SR8 | - | - | - | 0 | |
| 合計種数 |
21 (28.0%) |
3 (18.8%) |
2 (9.0%) |
26 (23.0%) |
|
地理的分布型で分けた場合、日華区系21種(日華区系75種の28.0%)、旧北区系3種(旧北区系16種の18.8%)、東洋区系2種(東洋区系22種の9.0%)であり、日華区系においてレッドリスト記載種の割合が高い。このことは、日華区系の種が日本列島での歴史が長く、細かな環境にもっとも適応して種分化しているものが多いため、環境変化への耐性が低いことを示している。
一方、26種を環境嗜好性で分類すると、96.2%に相当する25種がSR3〜6、すなわち高茎草原や落葉広葉樹林によって構成される里山環境に適応した種であった。なかでも、高茎草原に依存するSR3に分類される種が7種(SR3に分類される20種(表1)中の35.0%)であり、とくに割合が高かった。京都府を含む西日本では、高茎草原や落葉広葉樹林が安定して存在するには人による適度な管理が必須である。かつて高茎草原と落葉広葉樹林は、家畜飼料、緑肥、堆肥、建築材、薪炭などの供給源として人の生活に必須の存在であり、人の手によって管理・維持されてきた。しかし、現在では、都市化の進行、エネルギー革命と化学肥料の使用、さらに農業そのものの衰退によって、これらの人が管理してきた二次的な草原や森林は消滅しつつある。このような土地利用の変化によって、高茎草原や落葉広葉樹林に依存するいくつかの種の個体数がレッドリストに記載されるまで減少したことは明らかである。
3 過去の標本から見える京都市西部のチョウ相の変化(吉田ら,2019)
日本にはチョウの愛好者や研究者が多く、多くの標本が作成されてきた。このようなチョウの標本には採集者の好みや研究上の関心などが反映されることがあり、特定の種や異常型などが多く収集される場合もあるが、添えられているラベルの記載情報から、ある時期、ある場所に、ある種が存在していた証拠になる。
鳥取市出身の箕浦忠愛博士(1887~1969年)は、小学生時代からチョウの採集を行い、中学生時代には同市内で国内3例目となるキマダラルリツバメを採集したことで知られている。大阪公立大学には、箕浦博士が戦前から1960年代にかけて採集した122種1,720個体からなるチョウの標本(箕浦コレクション)が収蔵されている。箕浦博士は1921年末から晩年まで京都市内の北野神社近くに在住していたため、コレクションには、主に戦前に自宅近くの衣笠山山麓や御室(衣笠地区)、および京都電燈(現在の京福電気鉄道(嵐電))の沿線である嵯峨および嵐山(嵯峨地区)において採集された43種496個体の標本が含まれていた。そして、この43種には、現在、京都府のレッドリストに記載されている26種の中の5種(ミヤマチャバネセセリ、ツマグロキチョウ、ウラナミアカシジミ、キマダラルリツバメ、オオウラギンヒョウモン)が含まれていた。このことは、これら5種が戦前に現在の京都市西部に該当する衣笠・嵯峨地区に分布していたが、現在では消滅または個体数が著しく減少したことを示している。
図1は、国土地理院発行の2万5千分の1地図(京都西北部)に基づいて1931年および2016年における嵯峨と衣笠地区の土地利用の変化を示したものである。
両地区を合わせて1931年と2016年を比較すると、水田が大きく減少し、道路や建築物などからなる市街地が大きく拡大していた。また、樹林面積も減少していた。地区別に見ると、嵯峨地区では、針葉樹林と竹林は減少していたが、広葉樹林はやや増加していた。農地においては、1931年に約30%を占めた水田が大きく減少し、水田以外の農地がやや増えていた。ただし、1931年に存在した果樹園、桑畑、茶畑が2016年にはほぼ消滅しており、2016年における水田以外の農地の増加は、都市近郊に多い野菜畑の増加によるものである。一方、道路や建築物からなる市街地は著しく拡大していた。また、割合には反映されていないが、1931年に小河川に沿って存在していた広葉樹林は、2016年にはすべて消滅していた。一方、衣笠地区では、農地と樹林が種類にかかわらず減少し、市街地が著しく拡大していた。
箕浦博士が京都市西部で採集していたレッドリスト記載の5種中、オオウラギンヒョウモンはスミレ類、ツマグロキチョウはカワラケツメイ、ミヤマチャバネセセリはススキを幼虫時代の主要な寄主植物としている。これらは、人が管理する二次草原や未舗装の道端に多い植物である。地形図において、草原は利用されていない土地を意味する「荒地」に区分される。図1において、荒地は「その他」の大部分を占めている。2016年の「その他」の割合を1931年と比較すると、両地域ともにやや増加しており、少なくとも荒地は減少していないと考えられる。荒地が減少していないにもかかわらず、何種類かの草原性のチョウが消滅・衰退していることは、荒地の植生に変化が生じたことを意味している。すなわち、1931年の荒地が、主に河川敷や農地周辺の非利用地であり、二次的な高茎草原であった可能性が高かったのに対して、2016年の荒地は学校などのグラウンド、宅地の中の空地、河川敷などである。都市部の空地は不定期に撹乱が生じるため、安定した植生は期待できない。また、河川敷も河川改修や公園などへの転用によって植生は大きく変化していると思われ、高茎草原と考えられるような土地ではない。一方、道路が舗装されたことは道端が植物の分布域ではなくなったことを意味する。このような荒地や道路の質的変化が、二次草原の植物に依存するオオウラギンヒョウモン、ツマグロキチョウ、ミヤマチャバネセセリの消滅・衰退につながったと考えられる。
二次草原の植物の多くは、農業活動に伴う適度な撹乱のもとでのみ安定した分布が可能であり(高橋,2004)、都市化に伴う大規模、かつ頻発する撹乱に耐えられず消滅・衰退したと考えられる。なお、箕浦博士はオオウラギンヒョウモンと同様にスミレ類を寄主植物とする草原性ヒョウモンチョウであるウラギンヒョウモン、ススキ食のセセリチョウであるホソバセセリも嵯峨または衣笠地区で採集している。スミレ類やススキが分布する安定した二次草原が消滅していることを考えると、これら2種も両地区で衰退している可能性が高い。
嵯峨・衣笠地区で採集されていたレッドリスト掲載種であるウラナミアカシジミはクヌギやコナラなどのブナ科コナラ亜属の落葉広葉樹を寄主植物としている。嵯峨地区では樹林全体の面積の減少はわずかであり、広葉樹林はむしろ増加していたが、1930年代に河川沿いにあった広葉樹は2000年代にはすべて消失していた。農地に水を供給する小河川や農業用水には、洪水を防ぐために堤防が築かれ、堤防上にクヌギなどの落葉広葉樹が植えられることが多い。実際、京都市西京区樫原には、比較的最近まで、農業用ため池につながる農業用水にクヌギ並木の名残りが認められた。これらのことから1930年代に河川沿いにあり、現在では消失している広葉樹はクヌギに代表される落葉広葉樹であった可能性が高い。一方、嵯峨地区よりも京都市の中心に近い衣笠地区では、樹林がその種類を問わず減少し、道路と建築物が大きく増加していた。また、衣笠地区の北側の山地には森林が広く残っているが、金閣寺付近などではマツ林や落葉広葉樹林が常緑広葉樹林に変化している。ウラナミアカシジミの衰退は、都市化によって寄主植物であるクヌギやコナラなどのブナ科の落葉広葉樹が減少したことを反映したものと考えられる。
京都市西部にかつて普通に分布していたと考えられるオオウラギンヒョウモン、ツマグロキチョウ、ミヤマチャバネセセリ、ウラナミアカシジミが衰退・消滅したという事実は、京都府レッドリストに含まれる26種のうち25種までが高茎草原や落葉広葉樹林に依存する種であることと整合している。京都市西部における土地利用の変化とそれに伴う特定のチョウの衰退は京都府における土地利用の変化がもたらしたチョウの分布の変化の縮図ともいえるだろう。
4 特徴的な種
⑴ 京都市周辺から消滅しつつあるギフチョウ(写真1)
ギフチョウは現在でも京都府内に分布するが、京都市近郊など府南部地域の分布はきわめて局地的で、減少傾向にあるため京都府レッドリストでは絶滅危惧種に指定されている(小野, 2015)。
1978年4月11日に京都市左京区八瀬で採集された個体である。
本種は、年1回早春に発生する。早春に羽化した成虫は、4月下旬に産卵し、孵化した幼虫は5月中には蛹化し、翌春に羽化する。京都府における主な寄主植物はカンアオイである。成虫はカタクリやヤマザクラなど、主に紫やピンク色の花に吸蜜にくる。明るい林縁を飛び交うが、オスは尾根に集まる習性がある。したがって、生息地にはカンアオイと吸蜜植物の存在が必須である。これらの植物は、いわゆる里山の明るい主に落葉広葉樹によって構成される薪炭林の林床に多い。すなわち、ギフチョウは安定した里山環境に適応した種であり、落葉広葉樹林が人によって定期的に管理されていることがその生息にとって必要であったといえる。
近年、薪炭林は人による管理が行われておらず、植生遷移も進行して暗くなっている。さらに薪炭林のスギ、ヒノキの人工林への転換が行われていることも少なくない。スギやヒノキの植林地でも、樹齢が若く密植されていない場合にはカンアオイやカタクリが生育しており、ギフチョウの発生が認められるが、そのような場所も少なくなっている。これらにシカの食害が加わることで、森林の下層植生は単純化し、本種の寄主植物や吸蜜植物は育ちにくくなっている。
現在、府内のギフチョウは個体数の減少が各所で認められる。チョウの愛好家も多い京都市内には、近郊に多くのギフチョウの産地が知られていたが、現在でも確実に分布しているのは京都市西京区の保全が行われている1か所のみである。京都府北部では比較的良好な状態が保たれていたが、綾部市や福知山市では、シカの食害による林内植生の単純化、土壌の乾燥化により個体数は激減している(小野,2015)。
ギフチョウ個体数の減少は全国的なものである。その最大要因は、農業形態の変化に伴う土地利用の変化によってギフチョウが好む里山環境が消滅・変化したことである。これに追い討ちをかけているのがシカによる食害であり、愛好家による採集圧も無視できない状況となっている。
⑵ 円山応挙が描いたジャノメチョウ
江戸時代後半、日本では多くの博物画が描かれた。日本の博物画は動植物を緻密、かつ正確に描いているものが多く、種を同定することが可能である。このような博物画の中で、円山応挙(1733〜1795年)が描いた「写生蝶之図」と「昆虫写生帖」(図2、東京国立博物館蔵)には、全部で30種のチョウが描かれている(吉田, 2025)。
青い模様のあるアオスジアゲハの上側に描かれた褐色の下地に目玉模様のある翅のチョウがジャノメチョウである。
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-168?locale=ja#&gid=null&pid=2)の一部である。
ここに描かれているチョウの多くは、翅がやや下がっているものが多く、死んでいるチョウをそのまま写生したことが窺える。すなわち、描かれているチョウは、実際に採集されたものと考えられる。「昆虫写生帖」には「安永丙申初秋寫」と添えられており、安永5(1776)年の初秋に完成したと考えられる。「写生蝶之図」には具体的な執筆時期は示されていないが、「写生蝶之図」を参考にしたであろう「百蝶図」が1775年に描かれている。
応挙が動植物を写生するようになるのは、本草学に関心があった大津の三井寺円満院門主祐常(1723〜1773年)の影響と考えられる(佐々木と佐々木,1996)。祐常は自ら動植物の写生図巻の作成を試みていたが、応挙が写実画を精密に描く能力を持つことを知り、種々の写実画を発注している。祐常は1760年代中頃から亡くなる1773年まで10年近く応挙と交流し、支援した。「写生蝶之図」と「昆虫写生帖」の完成は祐常の死後であるが、祐常との交流中から書き溜められていた可能性が考えられる。当時の応挙は四条麩屋町(現在の京都市下京区)に住んでいた(星野,1996)。「写生蝶之図」と「昆虫写生帖」に描かれている30種のチョウは、その実物がどのような経緯で応挙に届いたのかは不明であるが、1770年代に京都市東部、もしくは三井寺付近の大津市西部で容易に採集できるものであった可能性が高い。
京都蝶の会というチョウの愛好家のグループが刊行していた会誌には、会員が採集・目撃したチョウの種類がその場所とともに掲載されている。この会誌、および先に紹介した箕浦コレクションを調べると、京都市東部の東山山麓、および北東部の岩倉盆地では1930から1980年代にかけて83種のチョウが採集・目撃されていた(吉田ら,2020)。応挙の博物画に描かれていた30種中29種はこの83種の中にあったが、ジャノメチョウだけが含まれていなかった。
ジャノメチョウは寄主植物がススキである草原性の種である。江戸時代の京都周囲の絵図には、樹木のない無立木の状態の箇所が多く描かれている(小椋,2008)。このような樹木のない場所にはススキが存在していたところも多いと考えられ、ジャノメチョウの分布には都合の良い植生であった可能性が高い。20世紀に入ると、このようなススキの茂る場所が樹木で覆われたため、ジャノメチョウが東山山麓や岩倉盆地のチョウの分布記録から漏れることになったのであろう。
なお、京都蝶の会の記録を対象地域を拡大して仔細に調べると、かつて比叡山の中腹にあったスキー場においてジャノメチョウを採集したという記録が一例だけ認められた(京都蝶の会,1998)。このスキー場は閉鎖されているが、その跡地は現在でも多数のススキが認められる草原であり、ジャノメチョウを観察できる。ジャノメチョウの存在の有無は、京都市周囲の山の人為的な植生変化を反映したものといえるだろう。
⑶ 都市に繁栄するチョウ
都市の大部分はアスファルトと人工的な建造物で占められており、都市化以前に生息していたチョウを含む生物の生存には適さない環境である。しかし、都市の環境に適応して、そこそこの個体数を維持するチョウも存在する。都市化という視点から都市の植物は、都市化以前から存在していた「残存植物」、都市の空地などのわずかな土地にいつのまにか繁茂している「侵入植物」、人が植栽し、管理している「植栽植物」に分類することができるが(岩崎,1992 )、都市に適応できるチョウは「侵入植物」もしくは「植栽植物」を利用できる種である。ここではその例を紹介する。
京都市の都市部でチョウの定量調査を行った場合、年間の観察個体数がもっとも多いのは、代表的な侵入植物であるカタバミを寄主植物とするヤマトシジミ(写真2)である。
2006年10月6日に京都市西京区で撮影
本種は、幼虫の形態で越冬するが、京都市の都市部では4月上旬には成虫が観察できる。春先の個体数は少ないが、世代交代を繰り返しながら増加し、10月頃には都市部のいたるところでその姿を目撃できるようになる。また、暖かい年の場合は12月に入っても成虫が発生する。本種は、寄主植物であるカタバミがわずかな土壌でも生育できるために都市部の様々な場所で繁茂していること、小型であるために餌および吸蜜資源がわずかで足りること、世代交代に要する期間が短くて頻繁に生じる草取りなどの撹乱に耐える確率が高いことなどから、代表的な都市のチョウとしての地位を維持している。本種は、カタバミの近縁種であり北米起源の帰化植物であるオッタチカタバミも寄主植物として十分に利用できることが報告されていることから(古川ら,2020)、都市のチョウとしての地位は安泰であると思われる。
都市において植物は、街路樹、庭木、花壇などに利用されている。アゲハ類(アゲハ、クロアゲハ、ナガサキアゲハなど)は柑橘類を寄主植物としている。庭先に夏ミカンやサンショウを植えている民家がかなりあるため、これらのアゲハ類は都市の中心部であっても目撃する機会が多い。
このアゲハ類に加えて、最近、京都市を含む近畿の都市部で植栽植物を利用して定着しているのはホシミスジ(写真3)である。
2006年10月9日に京都市西京区で撮影
本種は寄主植物がユキヤナギ、コデマリ、シモツケソウなどであり、元々は本州、四国、九州の低山帯に局所的に分布していた。ところが、この寄主植物とくにユキヤナギとコデマリが都市部において植栽される機会が多いため、京阪神や関東の都市部においてその姿を頻繁に目撃できるようになった。京都市においても、本種は、先に紹介した1930〜1980年代の京都蝶の会の記録に見当たらないが、2000年以降に筆者らが行った桂川河川敷や宝が池公園での調査では分布が確認できている。また、河川敷や都市公園だけでなく、京都市内の住宅街で目撃することも多い。採集・目撃記録とDNAを用いた解析によって、京都市の都市部を含む近畿低地に分布するホシミスジは、六甲山地または島々を含む瀬戸内沿岸の露岩地に自生しているイブキシモツケやイワガサを利用していた個体群が、ユキヤナギなどの植栽拡大とともにこれらを利用することでその分布を拡大したものと考えられている(福田,2012)。植栽植物を利用するチョウにとっては、剪定や地表面の掃除といった植物管理との調和が継続的な発生の必須条件である。本種は、幼虫がミノムシのように枯葉を利用して小さな袋状の巣をつくり、枝にぶらさがって越冬するため地表面の掃除の影響は受けない。一方、近畿中部の低地におけるホシミスジの羽化は5月下旬がピークであるので(中橋と遠藤,2018)、それまでに剪定が行われると世代が途切れることになる。ユキヤナギは花芽が盛夏に形成されるため、開花終了後の4月中旬〜7月上旬に剪定が行われることが多く、本種の羽化への影響は微妙である。おそらく、ユキヤナギの植栽が小規模であり、植栽場所ごとに剪定の時期や頻度が異なっているため、剪定前に羽化できる個体が一定数存在するのであろう。ホシミスジは、日華区系の種であり、SR5の種であることから、本来であれば都市化に伴って衰退するはずの種であるが、都市部において寄主植物が植栽されるという要因によって「都市のチョウ」の地位を築いたといえるだろう。
5 まとめ
京都府を含む西日本のチョウを地理的分布型と環境嗜好性にしたがって分類してみると、古くから日本列島に定着し、特定の環境に適応して多様に分化した日華区系の種が、農業の開始に伴って出現した遷移段階の植生である高茎草原や落葉広葉樹林に依存して世代交代を繰り返し、個体数を維持してきたことがうかがえる。化石エネルギーと化学肥料の利用は、農業における草原と落葉広葉樹林の必要性を消失させ常緑広葉樹林への遷移を促した。さらに都市化に伴い農地や樹林自体が減少しており、高茎草原や落葉広葉樹林に依存する多くのチョウ種の衰退を招いている。一方、都市に存在する侵入植物や植栽植物はいくつかのチョウ種の寄主植物になり得ており、頻繁に生じる撹乱(草取り、植え替え、剪定、掃除など)を潜り抜けて、ホシミスジのように予想外の定着を起こす種も生じている。人による土地の利用形態や管理、さらに植物管理がチョウの分布に与える影響はきわめて大きいといえる。
文献一覧
- Nishinaka Y, Ishii M (2007) Mosaic of various seral stages of vegetation in the Satoyama, the traditional rural landscape of Japan as an important habitat for butterflies Trans lepid Soc Japan 58:69–90
- 岩城英夫(1992)植物・動物環境 都市と環境(中村英夫編集代表) ぎょうせい 193–200
- 小椋純一(2008)強烈な人間活動の圧力と森林の衰退-室町後期から江戸末期 古都の森を守り活かす-モデルフォレスト京都(田中和博編) 京都大学出版会 47–70
- 小野克己(2015)ギフチョウ 京都府レッドデータブック2015 https://www.pref.kyoto.jp/kankyo/rdb/bio/db/ins0250.html
- 京都蝶の会(1983)セセリチョウ科、ジャノメチョウ科採集記録 杉峠 6(1):2–39
- 京都府(2015)京都府自然環境目録2015 https://www.pref.kyoto.jp/kankyo/mokuroku/bio/insect.html
- 佐々木承平、佐々木正子(1996)円山應擧研究 研究篇 中央公論美術出版 54–61
- 高橋佳孝(2004)半自然草地の植生持続をはかる修復・管理法 日草誌 50:99–106
- 中橋優芽香、遠藤知二(2018)平地と山地のホシミスジ個体群の生態特性 日本生態学会第65回全国大会 P1-154
- 日浦勇(1973a)奈良県橿原市箸喰および大阪長居公園における蝶の生態(1972年の観察) 自然史研究 1:51–64
- 日浦勇(1973b)蝶の地理学 海をわたる蝶 蒼樹書房 155–173
- 福田晴男(2012)日本産ホシミスジの現状と課題Ⅱ やどりが 233:16–34
- 古川雄大、崎山翼、若宮千武、一甲絢子、松村翼(2020)ヤマトシジミの食草の違いによる産卵と成長の比較 化学と生物 58(11):640–643
- 星野鈴(1996)円山応挙 新潮日本美術文庫 新潮社
- 矢後勝也、平井則央、神保宇嗣編(2016)日本産蝶類都道府県別レッドリスト-四訂版(2015年版)- 日本産チョウ類の衰亡と保護 第7集:83–351
- 吉田周(2025)博物画や標本コレクションから探る京都市のチョウ相の変化 環境動物昆虫学のすゝめ(石井実、平井則央、上田昇平、那須美次編) 大阪公立大学出版会 301-3
- 吉田周、平井規央、上田昇平、石井実(2019)箕浦忠愛コレクションから見た昭和前期の京都市周辺のチョウ相 蝶と蛾 70(3-4):109-122
- 吉田周、平井規央、上田昇平、石井実(2020)京都市郊外の里地里山地域に造成された住宅地のチョウ類群集の構造と変化 蝶と蛾 71(1):1-14