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鴨川真発見記<181から186>

 

 

春の高野川 ソメイヨシノは散りました(第186号)

そんな中自然界では何が、そして治水工事は

 

 平成27年4月11日にNPO法人京都景観フォーラム主催のツアー企画「おむすび持って縁結び」の鴨川ツアーガイドとして、鴨川の魅力をご案内しました。

 当日は、心配していたお天気も、雨の予報から曇りに転じ肌寒い風は吹くものの、雨は降らず一安心でした。ツアーガイドをする前に恒例の1人川歩きをして自然観察をしてみました。

 

 

 高野川の水面スレスレを飛び交う「ツバメ」を見ていると、寄州の粘土質の土をくわえて飛んで行きます。

 

 以前にも同様の様子を橋の上から見ましたが、今回は高水敷から近くで観察する事が出来ました。

 枯れ草交じりの土を口いっぱいに咥えて運搬作業が進められています。ツバメの巣作りが盛んな季節となりました。昔の土壁の様に枯れ草が土の繋ぎの役目をしているようです。人間界の左官工事の技術が自然界で繰りひろげられています。

<写真中央にツバメ>                                       <カップルでしょうか>

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<口いっぱいに頬張って翼を広げます>

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 ソメイヨシノは散りましたが、その後を引き継ぐ様に遅咲きの桜が満開になっていきます。肉厚の花びらの桜が咲き誇っています。

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 足元では、カタバミが黄色い花を咲かせる準備が整ったようです。知り合いの自然観察指導員で鳥羽・北嵯峨高校講師の西村 元 氏に尋ねたところ、外来種のオッチタカタバミではないかということで、鴨川では在来種のカタバミよりも多いそうです。

<カタバミの黄色い蕾>

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 川の中では、ドバトが集団で水浴びをしています。何だかお風呂にでも入っているような感じです。

<ドバトが水浴び>

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 秋に実が足元に落ちていた事でその存在を知った「びわ」も花が終わり小さな実を付けていました。黄色く熟するまでじっくり時間をかけるのですね。

<隣の花はサクラ>                                       <写真中央に小さな実>

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 そのお隣でも葉と共に花を咲かせるサクラが満開となっています。その花越しに眺める高野川も風情があります。こちらは、前出の西村氏から桜餅の塩漬けの葉に利用するオオシマサクラと教わりました。

 

<葉と共に咲くオオシマザクラ>                                <花越しの高野川>

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 2年前の夏の増水時に被災した護岸の災害復旧工事も無事完了しました。工事中は通行止めなどでご不便をお掛けした事もありましたが、抜け落ちた護岸は綺麗に積み直されました。

<復旧した護岸(白い部分)>

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 試験的に順次実施している鴨川、高野川の中州・寄州の除去ですが、昨年度は高野川と鴨川の合流点から上流の区域で実施しました。完全に取り除いてしまうのではなく、少し残してワンドや澱みをつくり、生き物も住みやすい様に工夫しています。

 この取組は賀茂川漁業協同組合の方の意見を参考にしながら、生き物の多様性に配慮した工事実施例となりました。

 すっかり土砂で埋もれていた護床工(川底を安定させる構造物)も二十数年ぶりに姿を現しました。

<浮島の様に残した中州>                                    <こちらの中州には真ん中にワンド>

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<河合橋上流には大きめのワンド>                           <泉川との合流点付近>

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<土砂に埋もれていた護床工も姿を現しました 護岸から突起の様に>

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 この取組でどんな効果が生まれるか期待したいところです。

 

 合流点から鴨川を北上すると葵橋の左岸下流で、ベニヤエシダレザクラが満開を迎えていました。その下には、真っ白な花を咲かせた植物がありました。

<ベニヤエシダレザクラ越しに鴨川>

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 この白い花の名前も、西村氏にお訊ねしましたところ、下記のお返事を頂きました。

 

<以下返信メール>

 お尋ねの植物はオドリコソウ(シソ科)ではないかと思います。ただし、花が付いている個体は先端部が折れているのでは?

 半日陰の少し湿った林床などに見られる在来植物です。結果として自然度の高いところを好むので、昔に比べると数は減り気味です。

 茎を丸く取り囲む花を、笠を被った踊り子に例えた和名です。個体差が大きいため、花色は真っ白から濃いピンクまで様々です。

 

 一方、もっと早く2月後半から咲くのが、ヨーロッパ原産の外来種、

ヒメオドリコソウです。在来種のホトケノザとの中間雑種も増えています。

<以上>

 

<オドリコソウ(シソ科)>

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 自然観察指導員さんから送られてきたオドリコソウとヒメオドリコソウの写真はこちら。指導員さんのコメントに「結果として自然度の高い所を好む」とあります。鴨川にも自然度の高い場所がある事がわかりました。

<オドリコソウ(在来種>                                      <ヒメオドリコソウ(外来種)>

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 そして、集合場所の京都市営バス下鴨神社前バス停へと向かいました。

集合場所では、大勢の警察官の皆さんが警備体制を敷いておられました。この日は医学学会の総会に皇太子殿下が参加されるため、下鴨本通りを通られるとの事で大きなサプライズとなりました。

 

 皇太子殿下は、黒塗りの車の後部座席の左右の窓を全開にして、沿道の両側で見送る皆様ににこやかに会釈されていました。

<この車に皇太子殿下のお姿が>

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 思いがけないサプライズに、鴨川ツアー参加の皆さんも「何というタイミング!」と少々興奮気味でした。

 この後、下鴨神社から上賀茂神社まで、鴨川の景色を眺めながらご案内させて頂きました。

 お昼には毎年恒例となった「半木の道」での「鴨川茶店」を覗いてベニシダレザクラのトンネルを楽しみました。京都府立植物園で葵祭のシンボルの植物フタバアオイの群生を半木神社で鑑賞し、再び鴨川を北上し上賀茂神社を訪ねました。

 今回のツアーは私がガイド役でしたので、その様子を撮影する事は出来ませんでしたが、御参加頂いた方からの写真の提供が可能であれば、又の機会にご紹介したいと思います。

  平成27年4月13日 (京都土木事務所Y)

<北山大橋・北大路橋間の飛び石の真ん中から上流を望む>

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鴨川ライオンズクラブ 京都環境賞受賞記念植樹(第185号)

「イヤなことだらけの世の中で」に鴨川(かわ)を真発見

 

 北山橋から左岸下流へ約800mに74本のベニシダレザクラがズラリと並ぶ桜並木は、「半木の道」と命名されてから長い年月が経過し、桜の名所を挙げるときりがない程の京都の中でも「桜の名所」として有名になりました。

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 京都土木事務所が所管する鴨川の中でも、ベニシダレザクラのトンネルをくぐる事が出来るのはこのスポットだけです。観光雑誌からの掲載依頼も毎年多く受け、京都・鴨川・桜のキーワードで広く紹介されています。

 

 このベニシダレザクラを植樹して、管理して頂いているのが“京都鴨川ライオンズクラブ”です。約50年にわたるその環境保全活動が評価され、第十二回京都環境賞が京都市長から贈呈されました。

 

 表彰状の内容は次のとおりです。

 

京都環境賞

京都鴨川ライオンズクラブ 様

貴団体は多くの市民や観光客に親しまれている散策路として名高い「半木の道」において長年にわたりシダレザクラの植樹や啓発イベントに取り組まれ環境保全活動に貢献されました よって第十二回京都景観賞を贈りここに表彰します

平成27年2月6日 京都市長 門川大作

 

 その受賞を記念して、「半木の道」ベニシダレザクラのうち、老朽化が著しかった31番のサクラに替わって、新たなベニシダレザクラが植樹されました。

 平成24年春の31番桜の様子を見てみると、確かに周りのサクラに比べて勢いが感じられません。その様子は鴨川真発見記第11号で全74本の艶姿をご紹介しました際のPDF●「半木74」メンバー紹介 24から47をご覧ください。 

※PDFファイルへリンク

 

 

 平成27年2月23日はそのサクラの植樹式が京都市長「門川大作」氏を招いて挙行されました。

<植樹式会場>                                            <植樹準備完了>

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 植樹式の開会に当たって京都鴨川ライオンズクラブ会長の田端俊三氏から挨拶がありました。長きにわたる先人の労苦に感謝すると共に、立派なベニシダレザクラが新たに74本の一員に加わる事をお喜びになりました。番号札は先代の31番を受け継ぎましたが、会長の心中では密かに「大ちゃんザクラ」と命名している事が明かされました。

<式典開始>                                               <引き継がれた31番札>

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 そして、懐から取り出した手帳に書いたメモを披露されました。そこには、サザンオールスターズのニューアルバム「葡萄」(平成27年3月31日発売)に収録されている、テレビドラマの主題歌「イヤなことだらけの世の中で」の歌詞です。

<田端会長の挨拶>

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 その歌い出しの部分です。

 

サザンオールスターズ「葡萄」より「イヤな事だらけの世の中で」

 

月はおぼろ 花麗し

春は霞か 桜は紅枝垂(べにしだれ)

 

暖簾越しに鴨川(かわ)は流れ

祇園囃子に浮かれて 蝉時雨

 

 二行目の桜が「紅枝垂」とあります。まさしく今回植樹された桜がこの紅枝垂なのです。

 更に3行目の「暖簾越しに鴨川(かわ)は流れ」とあります。聞くだけではわかりませんが、「かわ」という音に「鴨川」があてはめてあります。

 

 しかも「暖簾」の文字が、「半木の道」のベニジダレザクラが作る暖簾の様に垂れ下がる花越しに眺める鴨川を連想します。

 

 サザンの桑田さんも京都へお越しになって、「半木の道」に足を運んで、紅枝垂れザクラのトンネル越しに鴨川をお眺めになったのだろうか?と挨拶を締めくくられました。

<月はおぼろ>                                             <花麗し>

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<春は霞か>                                               <桜は紅枝垂(ベニシダレ)>

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<暖簾越しに鴨川(かわ)は流れ>

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 来賓を代表して、門川市長からお祝いの言葉が述べられました。咲いた桜を見上げて感動するのは、桜が寒い冬を耐え抜いて、春一斉に花を咲かせるその営みに感動するものだ。

 この様な立派なベニシダレザクラを京都環境賞受賞記念として植樹された事は誠に嬉しいと心境を語られました。

<門川市長の来賓あいさつ>

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 来賓の皆さんと田端会長がスコップを手に取り、新たな桜に土を掛けて植樹式は無事終了しました。

<サクラの根本に土を被せて>

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 今回のベニシダレザクラは、ベニヤエシダレザクラです。関係者にお聞きしましたところ、樹齢は約20年経過しているそうで、今年の春はどの位の花を咲かせてくれるかたのしみです。

 

 ベニヤエシダレザクラとベニシダレザクラの違いは、鴨川真発見記第141号「半木の道 ベニシダレザクラ 早咲きの数本その原因は?」をご参照ください。 ※バックナンバー139から144へリンク

<立派なベニヤエシダレザクラの前で記念撮影>

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 この春は、「半木の道」ベニシダレザクラのトンネルのピンクの暖簾越しに鴨川(かわ)を眺めながら「嫌なことだらけの世の中で」を聴きながら、曲のイメージに浸ってみるのも良いのではないでしょうか。「嫌なことだらけの世の中」ですが・・・。

<ズラリと74本並ぶベニシダレザクラの並木道>

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 今回は、平成27年度に入って初回の更新です。これまで3年間鴨川真発見記をご覧頂きまして有難うございました。「この辺で・・・」とは言わず、もうしばらくお付き合いをお願いいたします。

 

※開花したサクラの写真は過去の写真を採用しました。半木の道のベニシダレザクラが咲きそろうのは、4月第二週頃です。

平成26年4月3日ホームページアップ。

  平成27年3月26日  (京都土木事務所Y)

 

 

 

鴨川について東京の小学校から???の質問を受けました(第184号)

鴨川の特徴の一つ落差工は何のため?

 

 とある書籍会社の小学校5年生の社会科の教科書の環境の章に、鴨川の環境を守る活動が紹介されています。鴨川条例の制定や美化活動と共に昭和40年代前半の汚れた鴨川と現在の綺麗になった鴨川の写真が比較してあります。

 この教科書を使用されている東京のとある小学校の児童の間で、ある疑問が持ち上がりました。前出の昔と今の比較写真を見ての疑問です。昔の写真(モノクロ)には水の色は解らないものの、トタンが捨てられている様子が写っています。

 そして現在の鴨川(カラー)には、川面に映る景色や様々な植栽、野鳥や植物、昆虫、水生植物、魚など豊富な自然環境が写し出されています。その比較写真の中で、河川構造物として明らかに違う点があります。

 

 それは、写真中央に真っ直ぐに引かれた様に、落差工から落ちる水の帯状の白い水の流れがあります。児童たちは先生に質問しました。「この落差はいつ頃何の為に造られたのですか?」

<落差工が生み出す白い帯 山紫水明>

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 先生は、「生き物がすみやすい様にしているのではないか」と説明しましたが、「段差があって本当にすみやすいの?」と疑問が続出しました。

・深みがあって小魚がすみやすいのでは?

・水をゆっくり流すためでは?

・砂防ダムの役割をしているのでは?

と校長先生も巻き込んで大きな議論となりました。

 

 そこで、鴨川を管理している京都土木事務所に問い合わせてみようとなりました。ある日の夕方、担当の先生からお電話を頂き、「この段差は何の為にあるのですか」と質問を受けました。

 

 昭和10年の大水害を契機に実施した鴨川改修事業の治水施設として段差をつける工事をした事。そしてその効果と2次的に生じる様々な自然現象など沢山の影響についてお話ししました。

<寄州に草が茂ります>

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 先生からは、「へ~、そうだったのですか!」是非、後日児童達に電話口で直接説明してもらえないかとの依頼を受けました。2日後の放課後再び担任の先生から電話を頂きました。「今から児童が質問させていただきますので、答えてもらえますか?有志が10数名スピーカーからの声を聞いています。録音してもよろしいでしょうか」との事で快諾して質問の始まりです。

 

 児童の代表の女の子から「わたし達は鴨川の段差について話し合いました。小魚にやさしくするため。水の流れをゆっくりにするため。砂防ダムの役割をしている。などなど様々な意見が出ました。段差を造る一番の目的はなんですか?」と質問を受けました。

 

<落差工の一番の目的とは?>

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 「今話してくれた意見の中に正解があります。それは水をゆっくり流すためです」と答えると「へ~!」と担任の先生と同じく大きなリアクションが帰ってきました。

 昭和10年に大水害があった事、それを契機に改修がすすめられ、その一つとして落差が設置された事、その構造の事、鴨川が平均して200m進むと1m下がる比較的急な傾きの川であること、急な流れのままでは川底の土砂が流されてしまって護岸の下が洗い流されてしまうこと、などを説明しました。

 

質問:今の鴨川のゴミの様子はどうですか?

 鴨川では1年365日のうち335日清掃業者の方に委託してゴミを拾い、ゴミ箱のゴミを回収しています。だからみんなが歩く所はゴミがほとんどありません。でも、川の中に入ってまでは清掃していません。川の中は沢山のボランティア団体の方に清掃して頂いています。

<鴨川の中のごみ拾い 市民ボランティア・鴨川を利用している学生>

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<トヨタ自動車主催清掃活動>                             <各種団体の清掃活動>

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<胴長を履いて川の中へ 個人>                         <美津濃販売店スタッフの皆さん>

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<朝の散歩の途中でごみ拾い 個人>

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質問:川の水が汚れていた頃は悪臭がしていたそうですが、どんな臭いだったのですか。

 川の水が汚れていた昭和40年代前半は、染色工場の染色液交じりの排水、他の工場からの排水や家庭の洗濯やお風呂の水などが流れ込んでいて、染料の科学的な臭いとその他の排水の水が混じり合った臭いで、川に近づく人も少なかったようです。

 今は全く悪臭がしないかというと、完全にそうなっている訳ではありません。下水道が整備されて家庭や工場の排水が直接川に流れ込まなくなりましたが、京都市の下水道は雨水と排水が一緒の管に流れています。雨が多く降るとどうなるでしょう。

 児童から「管が溢れる!」の答え。そのとおり!鴨川沿いに巡らされた下水の吐け口から汚水と混ざった雨水が流れ出てきます。流れ出て来ていないお天気の良い日にこの近くを通ると、吐け口の中に残った汚水から下水の臭いが「ぷ~ん」としてきます。

<旧農業用水路が都市下水に転用された下水の吐け口 中央>

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 さらに質問は続きます。

質問:鴨川に何種類の魚がいますか?

 丁度5年に一度の「河川水辺の国勢調査」の一環として今年度に実施した魚類の生態系把握調査の報告書(案)が手元にありましたので、ざっと40種類位の魚が生息している事を答えると「そんなに沢山の種類がいるのですね」とまた驚きの声です。東京の川にはどれだけの種類の魚類がいるのか逆に聞きたいところです。

<オイカワ>                              <カワムツ>                            <カワヨシノボリ>

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<ズナガニゴイ>                         <スナヤツメ>                            <アカザ>

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 そして、魚類と段差の関係を説明しました。確かに流れが緩くなって小魚が育つ深みや澱みが出来る一方で、段差を越える事が出来ない魚は、他の区間との行き来が出来ません。大水で流された魚類は元の場所に帰る事ができませんし、海から遡上してくる魚は段差に阻まれてそれより上流に行くことができません。

 そんな中、アユが川を遡る時期だけ仮設の魚道(魚が通る道)を造って魚が段差を越えやすくする取組もされている事を伝えました。

 

質問:鴨川には鴨はいますか?

 鴨川には秋から春にかけて大陸から様々な種類の鴨が渡ってきます。一年中鴨川にいる鴨もいますが、多くの種類の鴨の仲間がやってきます。

 

質問:鴨川には何種類の鴨がいますか。全部教えてください。

 一年中見る事ができるのは、マガモ、カルガモ。渡り鳥としてやってくる鴨は、コガモ、オナガガモ、ヒドリガモ、ハシビロガモ、ヨシガモ、アメリカヒドリガモ、カワアイサ、キンクロハジロ、ホシハジロ、オオバン、など私が見た事のあるカモの仲間を並べると「そんなに種類があるのですか!」と次の質問がありました。

<マガモ>                                              <カルガモ>

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<コガモ>                                              <ヒドリガモ>

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<ハシビロガモ>                                        <ヨシガモ>

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<オナガガモ>

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<アメリカヒドリガモ>

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(↑アメリカヒドリガモ写真提供:日本野鳥の会京都支部)

 

質問:カモと付かない名前のもいるのですか?

 カモと付かないのは大抵水に潜って川底のエサを採って食べています。と説明すると「カモが潜るんですか!」と私が3年前にその事実を知って驚いたのと同様の反応が返ってきました。

<カワアイサ>

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<キンクロハジロ>                                       <ホシハジロ>

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<オオバン>

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 カモと段差に関連して、補足説明しました。段差があることで川の流れがゆっくりとなり、中州や寄州が出来ます。そこにはカモが好きな草が生えたりしてカモのエサになりますし、夜カモが寝るときの休み場所となります。

 

 

 ここで児童が先生と電話を替わって、御礼の言葉を頂きました。「みんな他に質問はありませんか」と呼びかけると先程の女の子が「京都弁お上手ですね。もっと何か話してみてください」と意外なリクエストを頂きました。

 京都弁を直接聞く機会は少ない様で、私のつたない京都弁に興味を示してくれた様です。適当に少し喋って差し上げました。大変喜んでくれました。

 最後に先生と挨拶して電話を終えました。約30分にわたる電話相談室が終了です。後で教科書の確認の為に先生に電話を入れると、代表質問してくれた児童は環境などに大変興味を持っていいて、汗だくになりながら一生懸命質問してくれたそうです。

 

 後日、京都市総合教育センターを訪ねて、該当の教科書を閲覧・コピーさせて頂きました。見開き6ページにわたって鴨川の環境に対する取組について紹介されていました。

 京都市内の小学生は鴨川を見る機会も多く、落差工が数多く設置されている事も良く知っていますが、日頃ゆったり流れる荒川などの大河川を見ている東京の小学生の目には珍しいものとして写ったようです。

 遠く東京から教科書の内容を教えてくれた児童たちの学習の参考になればと、京都府発行の小学生用冊子「わたしたちの鴨川」をクラスの人数分お送りさせて頂きました。

  平成27年3月25日(京都土木事務所Y)

 

 

 

京都マラソン2015開催(第183号)

古都京都そして鴨川をランナー達が駆け抜ける

 

 2月15日(日)に開催されました京都マラソン2015の様子を、京都土木事務所のある北山通り、そして鴨川を中心にご紹介したいと思います。

 

 自宅のテレビで西京極競技場の号砲を聞いて、北山通りを通って鴨川へと向かいました。折り返し点のある松ヶ崎橋手前にも給水所や横断幕が設置されて、選手の応援の準備が整っていました。

<京都マラソンガンバレ>                                 <給水所>

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  鴨川に到着する前に先頭ランナーが現れました。2人のランナーが競り合いながら疾走していきます。

<先導の白バイ>                                      <先頭ランナー>

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 京都コンサートホール前では“京炎そでふれ!彩京前線”が鮮やかな着物と躍動感ある踊りで選手を応援しています。北大路通りまで南下し、折り返しで再び北上するこの地点では、多くのランナーがすれ違いながら、横目でその応援を見ながら行き交います。応援が力に変わる瞬間を見た様な気がします。

 

<行き交うランナー>                                      <横目で見ながら>

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<メラメラ燃える火のように>

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<躍動する若者のパワー>

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<まるで主役のランナーを彩る背景の様です>

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 ようやく鴨川へ到着しました。鴨川へと進入する北大路橋右岸上流のスロープから、続々とランナーが流れ込んできます。普段は地元のランナーの練習場所となっている鴨川も、この日ばかりは全国から集まったランナーで埋め尽くされました。

 

 京都市管理の北大路橋では、橋脚の耐震工事が進められています。土嚢が積み上げられ、水を締め切っての工事です。橋脚耐震工事にも関心を持って頂く良い機会にもなったのではないでしょうか。

<北大路橋右岸上流>                                    <水の流れの如くランナー>

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<まだまだ力強い走りです>

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 出雲路橋上流の広く開けた景観スポットにやってきました。鴨川真発見記で京都マラソンの様子をご紹介するのは、2013年大会に続いて2回目ですが、前回は橋の上からと、左岸(東側)からの写真が中心でした。今回は、東山を望む右岸からの様子もお伝えする事が出来ました。

<東山を一望しながら>

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 お天気がしぐれぎみで、大文字山が霞んで見えますが、鴨川のコースの中ではお勧めのビュースポットです。開放的な空間で、川の水と大空のパワーをチャージして残り約12kmを走り切りましょう。

<霞む大文字山>

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 だんだんと時間が経過して、お疲れのランナーが団子状態になり始めました。

 疲労を隠せない表情のランナーの向こう側には、アオサギやマガモが見えています。今のランナーの皆さんの目には入らないかもしれませんが・・・。

<少しづつ混み合ってきました>  

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<鴨川の中に“アオサギ”“マガモ”>                        <沿道の応援に元気をもらって>

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<ガンバレの声が届きます>                              <ワンちゃんも応援>

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 葵祭の行列のコースとなる出町橋の上は、記録写真の撮影スポットです。笑顔、真剣な表情、疲労困憊の表情と様々な表情が記録されていきます。

<鴨川コースの中でも狭い部分で>

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 「ふくらはぎが~」と悲鳴を上げる筋肉に、スプレーで手当をしてもらって、また走り出すランナーの姿も見えます。

<スプレーで応急処置>

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 ここで、疲労したランナーに笑顔でエールを送るウサギさん発見です。片手におもちゃのボクシンググローブをはめて、ハイタッチでパワーをお裾分けの様です。お声を掛けてその笑顔をパチリと撮らせて頂きました。

<ウサギさん発見>                                     <笑顔でエール>

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 関門通過制限時間が近づいてきました。足取りの重いランナーが目立ちます。

<さあ時間が無くなってきました>                           <急がねば>

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 そして関門チェック時間が到来し、競技を中止し徒歩でゴール地点へと向かうランナーの姿が見られます。残念と歩を進める後姿がどこか寂しげでした。

<応援もなくなり>                                       <寂しげな後姿>

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 関門制限時間が過ぎて、コースに並べられたコーンポストをボランティアの方が回収されていきます。どんなマラソン大会も多くのボランティアの力が無くては成り立ちません。ボランティアの御婦人も笑顔で後片付けをされていました。

<縁の下の力持ち>

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 今回は、京都マラソン2015のコースの中でも、北山通りから鴨川へと繋がる約10キロのコースの一部の様子をご紹介しました。市民の理解を得て、スムーズな運営で継続される事を祈りつつ今回の記事を終えます。

  平成27年2月17日 (京都土木事務所Y)

 

<京都マラソン2015コース>

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鴨川源流域 雲ヶ畑の魅力を発見(第182号)

「京都で一番青空に近い村」で

 

 京都市北区の北部に位置する小野郷学区、中川学区、雲ケ畑学区の三学区では、地域の資源を再発見し、よりよいまちづくりのためにそれらを活用する方策を考えると同時に、自らの地域に対する誇りや自信を再構築する活動をされています。

<北山三学区まちづくりビジョン 雲ヶ畑>

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※北山三学区まちづくりビジョンにリンク(外部リンク)

※北山三学区のホームページへリンク (外部リンク)

 鴨川の源流を有する雲ヶ畑地域のビジョンがとても心に響きました。その前文がこちら

 

しあわせの再発見

鴨川源流雲ヶ畑「京都で一番青空に近い村」宣言

 

ここは千年の昔、平安京造営のために「杣人」が移り住んだという村、いまも、山や木々と生きる豊かなふるさとがここにあります。

わたしたちには、捨ててはいけないものがあります。

親から子へ世代を超えて繋がれてきた想いのたすきを、つないでいきたい。

先人のため、未来の子どもたちのため、雲ヶ畑を愛する人のために。

 

そのためにわたしたちは、どこか遠くにいる青い鳥を探し求めるのではなく、もう一度、足元にある幸せを見つめ直し、噛みしめてみる事にしました。

 

わたしたちは、

・雲ヶ畑のルーツである山や木に根差し、山紫水明の自然とともにある暮らしを楽しみます

・営みとしての林業、田畑、鴨川の水を守り、風景・風土をつくります。

・家族との時間を大切にし、よその子も叱れるおっちゃん、おばちゃんでありつづけます。

・協同の心を大切にし、みんなで絵に描いたようなかわいい山村を目指します

・惟喬親王ゆかりの地、そこにあふれる歴史ロマンや、松上げなどの伝統行事を伝えます。

 

鴨川源流、こんなところに、幸せのカタチがありました。

<雲ヶ畑学区のシンボルマーク>

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 なかでも、

「そのためにわたしたちは、どこか遠くにいる青い鳥を探し求めるのではなく、もう一度、足元にある幸せを見つめ直し、噛みしめてみる事にしました。」

 

 という一文に惹かれました。私の知り合いに「あるもんでプラス」という活動をされている方がおられます。そこに“あるもん”でそれを活かして生活を豊かに過ごすという考え方です。食、自然、歴史、ジャンルに関わらず“あるもん”での考えかたに通じるものがあります。

 ちなみに、杣人(そまびと)を広辞苑で調べると、杣は大きな建築用の木材でその木を切り出す事を業とする人。きこり。そまうど。そまだくみ。

 とあります。林業に従事する方の事ですね。

 地域の資源を活かした村づくりの姿勢に共感を覚える方も多い事と思います。そんな雲ヶ畑の魅力を発見しようと有志が集まりました。

 京都の顔ともいわれる「鴨川」の源流雲ヶ畑では、川の水を守る村人が今も大切に川を見つめておられます。今回は、雲ヶ畑の鴨川の魅力を発見するために、地元にお住まいの久保常次さん、清美さんご夫妻のお宅を訪問し、生活に密着した鴨川源流の魅力を発見してきました。

 2月11日(水・祝)は、心配していた降雪もなく、もくもく号に乗り込んでいざ出発です。

 

 “もくもく号”と聞いて、「面白い名前だけどなんでその名なの?」という質問をされる方が多いようですので、「もくもく号」の名の由来をチラシから拾ってみました。

「雲ヶ畑の雲がもくもく」「北山杉が立ち並ぶ木々」

「初めて雲ヶ畑を走った木炭バスの煙がもくもく」

「おくどさんやお風呂の煙突から、いまでもたなびく煙がもくもく」

 

 「なるほど」いろんな“もくもく”が掛かっているのですね。

 

 みなさんは、雲ヶ畑という名前で何を連想されるでしょう。その名の由来は諸説あるようですが、雲の畑ということで「雲が生まれる程高い場所にある」と連想する人も多いのではないでしょうか。

 雲ヶ畑村のキャッチコピー「京都で一番青空に近い村」と合致するのではないでしょうか。

 

 もくもく号の出発地点の北大路駅前は、ビルも建ち並びいわゆる街ですが、ほんの15分も北へ走ればその様相は一変して山の中です。更に進むと北山杉が立ち並び、もくもく号の名の由来の一つが姿を現します。

<北大路駅前>                                               <車で15分 別世界>

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<もくもく号の名の由来 北山杉が木木(もくもく)と>

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<終点 岩屋橋>

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 30分も走れば開けた雲ヶ畑村に到着です。終点岩屋橋で下車して、雲ヶ畑の自然を感じながら、お世話になる久保さんのお宅へ向かいました。

 自然観察をしながら久保さん宅までと予定していましたが、みなさん早く久保さんのお宅に到着したかった様で、5人だけ取り残されながら自然観察を楽しみました。

<ゆっくり自然観察>

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 自然観察指導員の弓削さんが見つけて教えてくれたのは、「ヤママユガ」のマユです。なんとも上品な緑色のマユが葉の落ちた枝に一つぶら下がっていました。自然の染料で染めたといった感じです。

 

<ヤママユガの緑色のマユ>

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 石を積み上げただけの石垣には、苔が繁茂しています。1000年の歴史を持つ雲ヶ畑を感じます。普段見慣れない珍しいと思う苔も地元の方には珍しくもなく、ただ苔としての認識しか無いようでした。

<苔の生えた石垣>                                           <ヒダの様に生える苔>

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 久保さん宅への道中の民家の石垣には黄色いものが着いています。何かの塗料が付着したようにも見えますが、弓削さんに「地衣類」という原始的な植物の一種と教わりました。

 地元の方は、気にもしていなかったそうです。毎日目に入るものは、あって当たり前の感覚となる事を改めて感じる事となりました。

<黄色い地衣類>

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 久保さんのお宅の煙突からは、薪ストーブから立ち上る煙が揺らいでいます。

 

 これまた“もくもく号”の名前の由来です。

<たなびく煙が“もくもく”>

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 雲ヶ畑の源流域の流れをみながら久保さんのお宅へ、とその前に雲ヶ畑の住民が神聖な鴨川の水を守る為に昔あった風習の説明を受けました。

<鴨川源流域の流れ>

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 久保常次さんに案内された場所には、お地蔵さんが並んでいます。昔、村でお亡くなりになった方があった場合、お家でお葬式をして鴨川へと水が流れない場所(真弓)まで、屍を運んで火葬したそうです。

 

 そして、村を出るこの場所で最後の弔いをしたということです。鴨川の水は下流で御所へと引き込まれていましたので、その水に死者にまつわるものが混入しない様にされていました。

 その風習からその峠に付いた名前が“持越峠”だそうです。

<最後のお別れの場所>                                    <鴨川へ流入しないように>

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 この日お邪魔した目的は、雲ヶ畑に人を呼ぶにはどうしたらいいのか、有志で集まって座談会をしながらヒントを探そうというイベントです。薪ストーブを囲んで、手作りぜんざいを食べながらお話しをして第一歩を踏み出そうというものです。

 

 雲ヶ畑の事を良く知ろうということで、最初に地元住民の安井昭夫さんから、雲ヶ畑の歴史についてお話しをしていただきました。

 志明院のこと、小野宮惟喬親王のこと、源義経のこと、雲ヶ畑の生活を支えた杉による林業の明治維新後から現在までの変遷のこと、などなど盛りだくさんに貴重なお話しを伺いました。

<地元への思いを熱く語る安井昭夫氏>

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 続いて、地元住民である久保常次さんから、地元への想いを語って頂きました。雲ヶ畑が寂れて行くのをただ何もしないで見ているだけでいいのか?何か行動をしなければと思いながら、動き出す事が出来ないでいた。京都バスの路線も廃止され、一日2往復の「もくもく号」だけになり、その「もくもく号」とて、利用が無ければ廃止される事も考えられる。

 生きているうちに京都バス復活は究極の望みではあるが、到底実現する事は出来ない夢である。せめて1日1便の増発の為に何かに取り組みたい。との想いを聞かせて頂きました。

<雲ヶ畑への想いを語る 久保常次さん>

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 その後、地元から6名、地区外から16名の総勢22名の参加者が、輪になって座って自己紹介が始まりました。有志の集まりといっても、この場が初対面の方が多い一つの空間です。あの人は何者?何をやっている人?など見知らぬ顔が並んでいます。

 1人ずつ自己紹介です。短くとは言いませんが、長くならない様にと始まりましたが、各分野で実績のある個性豊かな方も多く、なかなか話しを切り上げるのが難しかったです。でも、そのおかげで各参加者の活動内容を詳しく知る事ができました。

<久保清美さんの自己紹介>

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 自己紹介も終わって、お待ちかね、地元のみなさんのご厚意で用意して頂いたぜんざいに舌鼓です。事前について頂いた「自家製もち」に久保さん特製の甘さを抑えた味付けの小豆に入れて「いただきます」。

 

<薪ストーブの上で“ぜんざい”>                                <薪ストーブを囲んで>

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 柔らかくなめらかな餅の味に「美味しい」の声が次々と聞こえます。“お代わり”する人が続出です。中には「おもち」5個も食べた人もおられたそうです。

 

 しばらくの休憩タイムに突入しました。久保さんのお宅の裏庭には、鴨川源流が流れています。その河原は川と親しむのに絶好のポイントです。春には山椒の花が咲き、絶品の花山椒の佃煮が食べた人を虜にするそうです。

<花山椒の木>

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<裏を流れる鴨川 ホタルの鑑賞も>

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 葉の落ちた木々の間を小鳥が飛び回ります。肉眼ではよく見えませんが、様々な野鳥の鳴き声が重なり合って聞こえてきます。森の演奏会の様に、小鳥が集まってきました。シジュウカラ、コゲラなどなど、そこに佇んでいるだけで短時間の探鳥会を楽しむ事が出来ました。

<頭の上には野鳥の影>

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<木々の間から野鳥の鳴き声が聞こえます>

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 休憩が終わると、知らない同士が4つのグループに分かれて、雲ヶ畑で何が出来るかをテーマに座談会を開催しました。参加者の多くが場慣れされていて、サクサクと話が盛り上がりました。

 なかでも、雲ヶ畑の地域資源の一番は「鴨川源流」ですが、各専門分野からの視点で様々なアイディアが生まれました。

 各グループで出し合ったアイディアを発表して情報を共有しました。この結果が雲ヶ畑の村おこしに繋がることを祈りつつ今回の企画は解散となりました。

<各グループからアイディア発表>

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 参加頂きました皆様全員に感謝を込めて、また親愛なる鴨川への想いを込めて当日の報告をさせて頂きました。

 

  平成27年2月16日 (京都土木事務所Y)

 

<全員で記念撮影>

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<お見送りまでして頂きました 有難う御座いました>

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「ざぶん賞」にみる鴨川(第181号)

「鴨川との思い出」を綴った作文をご紹介

 

 鴨川真発見記第180号では、鴨川の工事と自然の関係について調査してくれた平野通永君の「ゆたかな賀茂川 一年の白さぎの変化から考える」という作文をご紹介しました。

 

 今回は全国募集作文「ざぶん賞」に入賞された作文をご紹介したいと思います。

 「ざぶん賞」は、平成15年度から同実行委員会が全国の小・中学生を対象に、生命の源である海や水を通じて、命や自然を大切にする心を育むことを目的に作文・詩・手紙の作品を募集、表彰しており京都府も後援しています。

 

 そんな「ざぶん賞」の2013年度の「ざぶん文化賞」受賞作品の中から、鴨川の思い出を綴った作文を見つけました。

 楠咲さん(当時中学三年生)の「鴨川と私」というタイトルの作文です。

 2013年当時中学3年生ですので、今は高校生になられています。ざぶん賞に関する詳細はこちらから。

   omoide30(外部リンク)

 

 日常の中で接する鴨川の様々な様子が織り込まれ、「そうそう」と心の中で頷くほどに鴨川好きにはたまらない作品です。作文にはその内容から連想する情景をアーティストが描いて添えて作品が完成していますが、「鴨川真発見記」的には作文を読んで思い浮かぶ風景の写真を添えてご紹介したいと思います。

 

<作文とアーティストの画を添えて仕上げられた作品 「鴨川と私」>

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文:楠 咲(くすのき さき)(中学校3年)

画:梅村 万里子(うめむら まりこ)

 

 ※以下の文章は作文本文の全文です(写真キャプションを除く)

鴨川と私

 その川の流れを見つめていると、私はこの鴨川に育てられたのかな、と思うことさえある。

<出雲路橋から北山を望む>

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 わたしは生まれた時からずっと京都に住んでいるので、鴨川はわたしにとってよく慣れ親しんだ川だ。

 

 幼稚園の時は、散歩で鴨川まで歩き、友達と亀石飛びをして遊んだ。たまに足を踏み外しそうになってヒヤッとするのだが、そのドキドキがたまらない。そうしているうちに、本当に踏み外してしまって、川に落ちてしまうのだがその時に肌に触れる水の冷たさときたら、最高だった。

<幼稚園から飛び石へ>

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<ドキドキしながら飛ぶ亀石>

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<ひんやり水遊び>

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 川岸でもたくさん遊んだ。四つ葉のクローバー探し、お正月には川岸で凧揚げをして、体全体で風を受けて駆け回っていた。

 鴨川は小さな私にとって絶好の遊び場だったのだ。

<シロツメクサの花が広がる>                                    <四つ葉のクローバーを探そう>

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<凧揚げ>                                               <風を受けて>

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 小学校低学年にもなると少し楽しみ方も違ってきて、鴨川の絵を描いていた。

 そうすると、犬を散歩している人、楽器を練習している人、いろんな鴨川での過ごし方を満喫している人が目に入ってきた。

<鴨川でスケッチ>

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<犬の散歩をしている人>

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<楽器を練習する人>

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 本当に鴨川にはたくさんの楽しみ方があると思う。春には桜が鴨川を色取ってたくさんの花見客で賑わう。みんな鴨川が好きなんだなと思うと嬉しくなった。

<大文字山をバックにソメイヨシノ>                                 <花見客で賑わう>

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 私は花ビラが散った後の活力の溢れた葉桜も好きだ。

<活力溢れる桜の葉>                                       <そして実がなる>

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 季節によって変わる鴨川はどれも楽しいと思う。

 高学年になると、健康を気にしてジョギングをするお父さんと一緒に鴨川へ行くようになった。といっても、わたしがジョギングをするわけではない。わたしは、汗を流して懸命に走るお父さんの横で、その走るスピードに合わせながら自転車をこぐだけである。遅すぎて、たまに自転車ごとこけそうになりながらも、心の中ではがんばるお父さんの応援をしていた。

<鴨川をジョギング・ウォーキング>

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 お父さんがジョギングを終えたあと、全く汗のかいていないわたしにもスポーツドリンクを買ってくれたのを今でも覚えている。

 

 いつしかそれは恒例になって、ベンチに座って、夕日に染まった黄金色の川を眺めながらお父さんといっしょに飲むのが大好きだった。

<ベンチで一休み>        <夕暮れ時のベンチ>

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<鴨川を照らす夕陽>

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 中学二年生では、運動音痴でバドミントンのサーブができないわたしために、お姉ちゃんが鴨川で特訓をしてくれた。全然続かないラリーしかできなくても、投げ出さず、教えてくれた。

 

 最近、部屋を掃除している時に、わたしが覚えていないくらい昔に、年賀状のために家族と撮った写真を発掘した。写真の中のわたしは鴨川をバックに、満面の笑みで映っていた。こんなに昔から、鴨川はわたしの側にずっといたのだな、と思った。

<鴨川で写真を撮る人>

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 時には遊びの場として、時には憩いの場として、鴨川はいつもわたしに居場所を作ってくれていた。鴨川との思いでを挙げるときりがないくらいだ。

 

 しかしこの鴨川の側で家族といっしょにずっと暮らしていけるわけではない。寂しいけれど、いずれ別れが必ずやってくるのだろう。けれどわたしは、鴨川で過ごした、他愛もない、しかしぬくもりのある温かい時間をいつまでも忘れない。

 

 わたしの心を育んでくれた鴨川に感謝したい。ありがとう、そしてこれからもよろしく。

 

 以上が「鴨川と私」のご紹介です。

 これまでに「鴨川真発見記」でご紹介してきた鴨川の様子も綴られていて、鴨川をこよなく愛する気持ちが伝わってきました。

 少なからず、鴨川の近くで育った方は、楠咲さんの様な思い出をもっておられると思います。

 鴨川の環境も昭和の時代から様々に変化してきています。遊び方は違っても、また利用の仕方は違っても、重ねた年齢は違っても、鴨川でのそれぞれの記憶が皆さんの心に刻み込まれている事と思います。

 

 作文中冒頭に「その川の流れを見つめていると、私はこの鴨川に育てられたのかな、と思うことさえある。」とあります。鴨川の近くで生まれ育った人はもちろん、他の地から転居してこられた多くの皆さんも、日々鴨川に育てられているのではないでしょうか。

 

 都会のオアシス「鴨川」に感謝です。

                                                                                                                                                                

  平成27年1月22日  (京都土木事務所Y)

 

 

 

 

 

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