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雲原砂防を活かした取り組み(中丹西土木事務所)

 福知山市の雲原砂防は、昭和9年の室戸台風による災害を契機に実施された我が国の砂防計画の先駆けであり、周辺の村づくりと一体に人々の暮らしを向上させた歴史的価値のある砂防施設群です。
 こうした文化財的価値が評価され、平成18年7月28日付け文部科学省告示第123号で、砂防施設としては初めて国の登録記念物として登録されました。
 この登録を契機に、地元では実行委員会組織が発足し、地域の活性化に向けた取り組みが行われています。
 また、平成21年2月には、経済産業省から地域活性化に役立つ資産として近代化産業遺産に認定されました。

地域活性化の取り組み

 京都府北部の山間部にある雲原地域は、過疎・高齢化が進む地域であり、国の登録記念物への登録を契機に、地域住民が実行委員会組織を発足させ、地域の活性化に向けた取り組みが行われています。 

平成19年度

  • 平成19年4月28日
     地域団体(自治会・婦人会・子供会等)を中心に「雲原砂防イベント実行委員会」を設立。京都府、福知山市がアドバイザーとして参画。
  • 平成19年8月5日
     京都府が住民を中心とした地域団体の主体的な「地域力再生活動」に対して支給する「京都府地域力再生プロジェクト交付金」を活用し、第1回「探訪雲原砂防」イベント開催。
     雲原砂防施設を見学するツアーでは、土木事務所職員が雲原砂防の歴史的価値などを説明しました。 
    探訪雲原砂防 開会式                                     

平成20年度  

 地域の力を集めた3大イベント「歩こう会探訪雲原砂防」「万亀の水祭」「水車復元プロジェクト」を開催!
 京都府は、平成19年度に引き続き「京都府地域力再生プロジェクト交付金」により「地域力再生活動」を支援しています。 

  •  平成20年6月8日
     歩こう会「探訪雲原砂防」開催 。地域内外からの参加者約100名に、地元の語り部や土木事務所職員、福知山市役所職員が地域資源を案内。
    歩こう会集合写真  探訪雲原砂防
  • 平成20年7月21日
     地域の名水「万亀の水」など地域資源を活用したイベント「万亀の水祭」を開催。
    ドラム缶転がしタイムレース  魚つかみ大会
  • 平成20年8月6日
     第539回建設技術講習会(社団法人全日本建設技術協会・京都府・京都市主催)で「雲原砂防イベント実行委員会」から取り組み報告。
  • 平成20年11月9日
     8月から地域の力を合わせて製作した水車が完成し、竣工式が行われました。地域では、精米や発電や等、利活用の検討が進められています。
    完成した水車 水車竣工式

平成21年度

  • 平成21年6月7日

 歩こう会「探訪雲原砂防」開催。このイベントに先立ち、地元住民の手により「雲原砂防施設群 近代化産業遺産認定記念」モニュメント完成披露式典、除幕式が行われました。

モニュメント完成披露式典 モニュメント 

 

認定状 

経済産業省から贈呈された認定状

 この日は、地元の語り部や土木事務所職員、福知山市役所職員が地域資源を案内し、登録記念物に指定された上三岳川砂防堰堤及び平成18年8月に完成した鍋谷川砂防堰堤について、土木事務所職員が現地説明を行いました。

上三岳砂防堰堤 鍋谷川砂防堰堤 

  • 平成21年7月20日

 公誠小学校、北陵中学校付近で、第3回「雲原砂防ドラム缶転がしレース」開催。川の一部を仕切り、「魚つかみ大会」も開催されました。

 ドラム缶転がしタイムレース 魚つかみ大会

  • 平成21年12月20日

 昨年11月に完成した「みんなの水車広場」敷地内に休憩施設「みんなの和楽家」の竣工式が行われました。

 当日は、みんなの和楽家に設置された「おくどさん」で炊きたての水車米のおにぎりや雲原汁などがふるまわれました。

竣工式 「みんなの和楽家」表札除幕式 

 

おくどさん

みんなの和楽家に再現された「おくどさん」

平成22年度                               

  • 平成22年6月6日

 歩こう会「探訪公誠地域」開催。 地元の語り部や土木事務所職員、福知山市役所職員が、坂浦地区および天座地区の地域資源を案内し、坂浦地区にある大滝川砂防堰堤(平成19年2月完成)について、土木事務所職員が現地説明を行いました。                                                                                                        

鍋谷川砂防堰堤全景 鍋谷川砂防堰堤の現地説明

  • 平成22年7月19日

 第4回「雲原砂防ドラム缶転がしレース」、「魚つかみ大会」が、公誠小学校、北陵中学校付近で開催されました。

ドラム缶転がしレース 魚つかみ大会
 

 

国登録記念物第1号「雲原砂防施設群」とは

雲原砂防パンフレット( PDFファイル ,1MB)

1 災害をもたらす川

室戸台風と土砂災害

近年の雲原村は、災害を受けやすい山村でした。特に1934(昭和9)年、室戸台風により大災害に見舞われました。
被害の原因は、山から流れ出る土砂でした(土砂災害)。三岳山に8か所も山くずれが発生し、あれた山はだから土砂が川へおし流されました。土砂と混ざり合った水は、川岸をえぐり、橋を流し、田畑や宅地をけずり取りました。
この大災害と経済不況から立ち直るため、砂防工事を軸とする村づくりが進められました。

2 日本の近代砂防事業の出発点

雲原砂防工事

砂防は古くから行われていて、その歴史は1300年をこえています。
砂防とは、山や川底から土砂が流れ出ないようにする対策、流れ出した土砂を安全に下流まで流す対策をいいます。
その長い歴史の中で、雲原砂防工事は日本の砂防の大きな転機となりました。
雲原砂防以前の工事は、河川工事が中心でした。河川工事は、土砂が発生するのを防ぐための工事ではないので、くり返し災害を受けました。その状況から一歩ふみ出し、水源から下流まで流域全体を考えた工事を初めて行ったのが雲原砂防工事です。その結果、下流でも上流でも災害がなくなりました。これが、現在の砂防工事の基本的な考え方となっています。

3 雲原砂防の施設

堰堤工9基、床固工129基、流路工延長15km

1934(昭和9)年から始まった工事は、18年ものさい月をかけ、1952(昭和27)年に完成しました。これにより雲原川に注ぐ3つの谷すじ、すべての支川で砂防施設が整備されました。
昭和の初めごろは工事用機械はほとんどありませんでした。雲原では、人力で大半の工事をしていました。今とは比べものにならないくらい大変な工事だったのです。

イメージ図(JPEG形式)

上流に造られた砂防堰堤-堰堤工

山の谷間に堰堤を造り、山でくずれた土砂が川へ流れないようにしました。
特に山くずれがひどかった三岳山には、最も大きい高さ8m、幅40mもある堰堤が造られました。
これらの堰堤により、山から出る土砂は止められました。
(砂防堰堤完成時の状況:昭和15年5月18日、上三岳川) 

曲がった川をまっすぐに-流路工(線形改良)

災害を受けた時、川は田畑の間を曲がりくねって流れていました。
曲がりくねったところでは、洪水が起こった時、勢いのついた流れが川岸に当たり、土砂がけずり取られました。
そのため、曲がった川をなるべくまっすぐにして水当たりを少なくしました。
嶋瀬谷川(上流から床固工、護岸工、帯工などが見られる。):昭和17年
洪水の流れをゆるやかに-床固工

川のこう配がきついと流れは速くなり、川岸や川底の土砂がけずり取られます。そのため、川のこう配がゆるくなるように、一定区間ごとに段差を設ける床固工を造り、洪水の流れをゆるやかにしました。

川岸、川底に石を張り水路を守る-流路工(護岸工・帯工・河床張工)

安全に洪水を流すためには、がんじょうな水路が必要でした。そのため、川岸には石を積み、川岸がけずられないよう護岸を造りました。床固工と床固工の間が長いと、その間で川底がけずられたりすることがあるので、計画した川底を保護するため、川底を横断する帯工を造りました。川のこう配がきつい上流部では、床固工を造っても流れをゆるくするには限界がありました。そのため、川底にも石を張り川底がけずられるのを防ぎました。

4 災害のない安心・安全な村に

雲原砂防の効果

理想的な砂防事業

雲原砂防は、施設配置、流路工の線形改良など砂防の理想とする計画をそのままに実施した初めての工事です。
山間部の農村では、耕地は非常に貴重で、少しでも耕地が減ることは、だれもがいやがることでした。どの村でも、砂防工事を行うときに障害になっていたのは、土地の問題でした。
しかし、雲原村では、村民が砂防堰堤に必要な土地を、無償で出し合い、川をまっすぐにする工事では、土地を交換するなど大変協力しあいました。そのおかげで、どの谷にも砂防堰堤を造ることができました。

砂防工事の効果

砂防工事が完成した翌年の1953(昭和28)年に台風13号が近畿一円をおそいました。室戸台風を上回る大雨でしたが、雲原村では、災害は起こりませんでした。このことからも雲原砂防が大変役に立っていることがわかります。
雲原砂防は「農村砂防」とも呼ばれています。砂防工事と同時に、村のくらしを良くするための経済更正事業など様々な事業が行われました。それにより、京都府の中でも貧しいといわれていた雲原村が豊かな村に生まれ変わりました。

 

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