京都市立京北病院 病院長
Dr. Hiroshi Yura京都の医師コラム

― 自治医科大学在学中に経験した夏期実習の思い出
当時の夏期実習は、京都府内のへき地医療の現場に京都府出身の全学生が約1週間の実習でお世話になるという、地域医療最前線の状況を肌で感じる貴重な機会でした。 1回生の夏期実習では、保健師さんに同行して、老々介護しているお宅を訪問させていただきました。寝たきり状態のおじいさんをバケツで1杯ずつ運んだお湯で満たしたビニールプールに横たえて、やせ細った身体をやさしく支えながら洗ってあげ、入浴後のお湯もまた1杯ずつバケツに汲んでは側溝まで捨てに行った経験が、今でも鮮明に思い出されます。
今から思えば、訪問入浴介助の一場面に過ぎないのですが、この大変苦労の多い介護の地道さとやさしさ、患者さんとその家族からの感謝を肌で感じて、この私でもお役に立てるのなら、早く地域医療のお手伝いをしたいと思ったのです。
このような夏期実習を京都府の各地で毎年体験していくうちに、漠然と将来このような地域医療の現場で働くことになるのだなという、自覚とまではいかないまでも、一種の宿命として、決して義務や契約といったニュアンスではなく、何とはなしに受け入れていったような気がします。
― 信念に支えられ奔走した医師確保
病院の現況としては、まず医師不足です。9年前の赴任当時の常勤医は、内科医4名、外科医2名、整形外科医1名の計7名であり、様々な局面において幅広く対応可能でした。外科では胃がんや大腸がんなどの全身麻酔下の開腹手術症例など、整形外科では骨折から人工関節置換にいたる手術まで対応していました。時には、救命救急センターに転送する時間もないと判断された危篤状態の出血性ショック症例に対する緊急開腹術などの三次救急領域まで対応しました。
ところが、平成16年度から施行された新臨床研修制度の影響もあり、常勤医師数が年々減少し、平成22年度には常勤医が2名(内科1名、外科1名)という大変厳しい状況に置かれました。
外来診療においては、応援医師の協力により何とか切り抜けられるものの、さすがに2名の常勤医体制では、50名前後の入院患者対応はもとより、救急対応もままならぬ状況でした。常勤医確保の見通しが立たないのであれば、急性期病床閉鎖と救急告示取り下げをして、外来機能のみを継続していくべきとの意見も出て、窮地に追い込まれ、まさに地域医療崩壊を危惧した時期もありました。
しかし、この地域には京北病院の存在が必要であるという信念と、地域医療を通してのやりがいをこの地で継続したいという想いに支えられ、常勤医確保に奔走しました。努力の甲斐あって、自治医大卒業生で地域医療に熱い思いを持った内科総合医の赴任により、平成23年度から常勤医3名体制となりました。
― 京北病院の役割と課題
京北地域における唯一の中核的な医療機関である京北病院は、地域住民の生命と健康を守るうえで必要不可欠な施設であると同時に、地域振興を考えていく上でも必須の社会資源です。病院機能の過度な縮小は、地域の過疎化に拍車をかけ、かえって病院経営を悪化させることも懸念されます。
今後の展望としては、ある程度の病院機能の再編・集約化を考える一方で、地域の医療ニーズに対応した診療体制を確保していくことによって患者数の増加をはかり、健全な病院経営の道筋をつけなければなりません。
へき地医療、救急医療などの政策医療の役割を担いながら、高齢者を中心とする地域の疾病構造に対応した、身近なかかりつけ医としての役割を担っていくべきと考えます。
― 具体的な改善策
(1) 訪問看護・訪問診療の拡充
現在、訪問看護の登録患者数は約80名で、そのうち約40名が訪問診療の対象となっています。人口6千人弱、高齢化率35%の京北地域にあっては、高齢者の独居や二人暮らしなどの世帯も多く、訪問看護・訪問診療の潜在的な需要があると考えます。これら高齢者の実態を調査し、身体的・地理的に通院が困難な高齢者に対して、出前医療である訪問看護・訪問診療を充実していきたいと考えます。(2) 新型老健施設への転換
平成22年度までは急性期病床および療養病床として運営してきましたが、平成23年度からは、療養病床を介護療養型老人保健施設(新型老健)へ転換して運営しています。これは、平成19年に施行したアンケート(全戸配布、回収率51%)の結果、京北地域における高齢化の状況を反映した介護ニーズの増大に対応したものです。(3) デイケア(通所リハビリテーション)の開設
京北地域には、介護面に重点を置いたデイサービス(通所介護)機能をもった施設はあるものの、リハビリテーションに重点を置いたデイケア施設は1軒のみのため、平成23年10月にデイケアを立ち上げました。自立支援の場を拡げることにより、介護予防を目指します。(4)病院へのアクセス改善
京北地域は、京都市の約4分の1に相当する広大な面積を占めていますが、平地は7%に過ぎず、6千人が散在した集落に暮らしているため、病院へのアクセスは不便です。高齢者世帯も多く、通院手段の確保が必要です。この状況を改善すべく、通院時間帯には毎日京北各地域から病院へ向かう便を配車し、外来受診を終えた患者には、自宅まで送る無料サービスを提供しています。利用者も次第に増えて、現在では1日平均外来患者130名中約30名の利用があります。― 地域医療研修の受け入れ
協力型臨床研修病院として、卒後2年目の地域医療研修の位置づけで、平成17年度より京都第二赤十字病院から研修医の受け入れを開始し、さらに平成19年度からは京都市立病院からも受け入れています。両病院を合わせると、すでに180名を超す研修医が京北病院での地域医療を経験したことになります。
1~2ヶ月間にわたる研修終了時の総括では、以下のような声が聞かれました。
① 大病院では経験することの少ないcommon diseaseを多数体験できた。
② 交通外傷を始めとする新鮮外傷症例を経験できた。
③ 担当医として患者説明をする機会が多く、治療方針についてもある程度の裁量を任されていることで、医師としての自覚が持てた。
④ コ・メディカルとの垣根が低く、気軽に相談できた。
⑤ 急性期を過ぎた患者の退院後の在宅復帰に向けての過程を経験できた。
⑥ 家族の介護負担を軽減するための様々な居宅および施設サービスを理解することにより、退院後の生活の場を確保することの大切さと困難さを体感できた。
― 医学生および臨床研修医への期待
今日、全国的な医師不足や診療報酬減額改定、新臨床研修制度等の影響により、地域医療現場は依然として極めて厳しい状況に置かれている状況に変りはなく、総合医の養成が急務であると考えます。 私自身の学生時代における地域医療の体験が、その後の進路に影響したのと同様に、学生および研修医時代に地域医療に関心を持ち、全人的医療の実践を通してその実態に触れ、幅広い医療人として、将来総合医を志す後輩が育ってくれることを期待しています。