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3 成熟と産卵(応用編)

脱皮を繰り返し成長したメスガニは、オスガニと交尾した後に産卵を行います。ここでは、交尾や産卵などに関する様々な行動や様子を紹介します。

1 メスガニの成熟

 一般的にメスの成熟とは、卵巣が発達し、産卵できる状態になることをいいます。ズワイガニのメスは、稚ガニとなり底生生活を始めてから9回の脱皮を行い、第10齢期(平均甲幅約7cm)になってから卵巣が発達しはじめます。
 夏季に第9齢期から第10齢期に脱皮したばかりのメスガニの卵巣は、白色でたいへん小さい状態です。卵巣は徐々に発達していき、脱皮をした翌年の春頃には鮮やかなオレンジ色を呈し、かなり大きくなります。この頃になると、甲羅の外側からでも、発達した卵巣のオレンジ色を容易に視認することができるようになります。

 日本海西部海域では夏季から秋季(8~11月頃)にかけて卵巣の発達がピークとなり、産卵となります

2 メスガニのお腹のかたちに注目

 メスガニは産卵を行う直前に生涯の最後の脱皮(最終脱皮)を行います。つまり、第10齢期から第11齢期に脱皮をして、いわゆる「親ガニ」となります。この2つの脱皮齢期のメスガニでは、形態に大きな違いが現れます。それは「腹節」、つまりお腹のかたちです。
 第11齢期の「腹節」は、10齢期までとは違い、大きくて丸みを帯びています。これは、産卵した卵を抱えるために都合の良い形態となっているのです。
 メスガニでは、この「腹節」の形態の違いから、第10齢期までを「未成体」、第11齢期の親ガニを「成体」と呼ぶこともあります。また、漁業者の皆さんは第10齢期の「未成体」を「マンジュウ」と呼んでいます。


第11齢期(成体:上)と第10齢期(未成体:下)の腹節のかたち (参考)オスガニとメスガニの腹節の違い

 
オスガニ(上)とメスガニ(下)の腹節のかたち

3 産卵時期は年に2回ある

 卵巣が十分に発達し、成熟するとメスガニは産卵を行います。カニやエビなどの甲殻類では、メスは産卵した卵がふ化するまでの間は、卵を保護するために自らのお腹(腹節の内側)に抱える仲間が多いのが特徴です。ズワイガニもメスの親ガニである「コッペ」がお腹に卵を抱いているように、この仲間に含まれます。

 ところで、ズワイガニの産卵時期は年に2回あります。そのひとつは夏季から秋季にかけての時期(8~11月頃)、もうひとつは冬季(2~3月頃)です。
 この2つの産卵は、メスガニの生涯の産卵回数から前者を「初産卵」、後者を「経産卵」と呼んでいます。

(1) 初産卵とは...

 メスガニの生涯初めての産卵を「初産卵」といいます。第10齢期のメスガニが成熟する時期は、日本海西部海域では8~11月頃です。この時期にメスガニは生涯の最後の脱皮(最終脱皮)を行い、第11齢期(平均甲幅約8cm)となります。脱皮した直後にメスガニは、オスガニと交尾を行い、続いて産卵を行います。これが「初産卵」です。したがって、「初産卵」の時期は成熟する時期と同じ8~11月頃といえます。
 また、初産卵を終えたメスガニを「初産卵メス」と呼んでいます。


第10齢期から第11齢期に脱皮する直前のメスガニ甲羅の後縁部が割れ、ひと回り大きく新しい甲羅が現れています

(2) 経産卵とは...

 産卵を終えたメスガニは、その卵がふ化するまでの間、卵をお腹に抱えます。この卵から幼生がふ化するのは、初産卵を行った翌々年の2~3月頃です。
 幼生がふ化した直後に、メスガニは機会があればオスガニと交尾を行い、生涯の2回目の産卵を行います。これが「経産卵」で、その時期は2~3月頃といえます。ただし、このときにはメスガニは脱皮を行うことはありません。

 経産卵を終えたメスガニは、初産卵のときと同じように、卵をお腹に抱えます。この卵がふ化するのは、翌年の2~3月頃で、ふ化が終わるとすぐに次の産卵を行います(機会があれば交尾を行います)。このときの産卵も「経産卵」と呼んでいます。
 その後もメスガニは毎年の2~3月頃に産卵(経産卵)を行い、生涯に5~6回程度の産卵を行い寿命となります。
 ちなみに、経産卵を行ったメスガニを「経産卵メス」と呼んでいます。

 ところで、経産卵メスの卵巣の発達、すなわち成熟はどうなっているのでしょうか?その答えは「コッペ」を見ると良く分かります。「コッペ」のお腹には、ふ化が近づき茶黒色や黒紫色をした卵を持っています。また、甲羅をはずすとその中にはオレンジ色をしたいわゆる「内仔」があります。実は、このオレンジ色をしたものが卵巣です。

 

つまり、経産卵を行った年の秋頃から卵巣は大きく、鮮やかなオレンジ色となり、甲羅の外側からでもその存在が分かるようになります。
産卵後にお腹に抱えられている卵(外仔)の色

産卵してしばらくはオレンジ色、やがて茶黒色となり、ふ化が近づくと黒紫色に変化します

(3) 初産卵と経産卵とではふ化するまでの期間が違う

 ズワイガニの初産卵と経産卵の説明をしました。その説明の中で、ちょっと変だな?と感じた方がいるのではないかと思います。
 それは、初産卵から卵がふ化するまでの期間が1年6ヶ月前後、それに対して経産卵から卵がふ化までの期間はほぼ1年間となっており、その期間がかなり異なることです。

 一般に魚類などでは、産卵からふ化するまでの時間は、環境とくに水温の変化が強く影響することが分かっています。ズワイガニでは初産卵メスと経産卵メスとで主に生息する水深帯が若干異なることが分かっていますが(詳しくは、「4 分布と移動」を参照)、それぞれの場所の水温がふ化に要する時間に影響を及ぼすほど大きく違っていることはありえません。

 産卵からふ化までの期間が初産卵と経産卵とで大きく異なっている理由については、今のところ明確にはなっていません。このことは、深い海の底で生活するズワイガニの「七不思議」のひとつといえるでしょう。

4 アカコとクロコ

 メスガニには色々な呼名がありますが、その中に「アカコ」「クロコ」という呼名があります。これは、メスガニがお腹に抱いている卵の色により使い分けがされます。
 「アカコ」とはその名のとおりに、卵がオレンジ色もしくは赤色をしています。産卵して数ヶ月間はこのような色をしています。
 一方、「クロコ」とはふ化が近づき茶黒色や黒紫色をした卵を持ったメスガニのことをいいます。メスガニの中で漁期中に水揚げをすることができるのが、この「クロコ」です。

 では、「アカコ」と「クロコ」の関係はどうなっているのでしょうか?下の図を使って説明します。

 まず、8~11月頃に初産卵を行います。図では便宜的に9月を初産卵時期としています。
 産卵後の卵は卵巣の色と同じで鮮やかなオレンジ色をしており、メスガニは「アカコ」と呼ばれます。
 初産卵を終えた翌年の11月頃になると、卵の色はオレンジ色や赤色から茶黒色に変わり、「クロコ」と呼ばれるようになります。そして、そのさらに翌年には、ふ化が近づき卵の色は黒紫色となり(呼名は「クロコ」のままです)、3月頃には幼生がふ化します。
 ふ化が終わると、すぐに次の産卵(経産卵)を行い、再び「アカコ」となります。「アカコ」となったメスガニは、その年の11月頃には再び「クロコ」となります。
 このように、メスガニは「アカコ」から「クロコ」、「クロコ」から「アカコ」を生涯に5~6回程度繰返して寿命となります。

 メスガニの漁期である11月から1月までの期間をみると、「アカコ」と「クロコ」の両方が存在することが分かります。ここで、「アカコ」とは初産卵を行ったばかりのメスガニであり、「クロコ」とは初産卵を終えてから少なくとも1年以上が過ぎたメスガニといえます。このうち、水揚ができるのが、先にも説明しましたが、「クロコ」というわけです。
 春から秋季にかけては、お腹に卵を持つ親ガニは全てが「アカコ」となり、初産卵を終えてからの期間の違いを識別することができなくなります。

 

メスガニの脱皮・交尾・産卵のパターン

5 メスガニは精子の貯蔵庫をもつ!

 「コッペ」を食べるときの楽しみのひとつに、甲羅の中のいわゆる「内仔」があります。大胆に甲羅をはずして食べる「内仔」の旨みは何ともいえません!ちなみに、この「内仔」とはオレンジ色した部分が「卵巣」、暗褐色をした部分が「肝膵臓」です。

 ところで、「内仔」を食べていると、左右の両端に乳白色をした袋を目にすることがあると思います。これは、「受精嚢(じゅせいのう)」といい、メスガニだけが持っている器官です。
 何の役割をするのかといえば、これは交尾によりオスガニから受け取った精子を貯蔵しておくための袋なのです。「受精嚢」の見た目の大きさは、貯蔵している精子の量などにより、かなりの個体差があります。
 メスガニは生涯に5~6回程度の産卵を行うことを説明しました。実は、メスガニは生涯に1回の交尾を行うだけで、そのときに受け取った精子をこの「受精嚢」に貯蔵し、産卵のときにはその都度「受精嚢」の中の精子を使って受精することができるのです。
 生涯に5~6回程度の産卵を行うわけですから、「受精嚢」は5~6年程度は精子を貯蔵することができる機能をもっているといえます。

 しかし、最近の研究では、1回の交尾だけでは、その後の産卵に必要となる精子の数が確保できず、効率よく産卵するためには、複数回の交尾が必要であることが分かってきています。


精子を貯蔵するための「受精嚢」(黄緑の矢印) 赤矢印:卵巣(成熟) 水色矢印:心臓 黒矢印:鰓(えら)

6 オスガニの成熟

 一般的にオスの成熟とは、精巣が十分に発達し、産卵に参加することが可能な状態になることをいいます。ズワイガニのように交尾を行う仲間では、精巣が発達し、交尾できる状態になったものが成熟といえます。
 オスガニの「カニみそ」と称しているものの大部分は、暗褐色をした「肝膵臓」と白色の粒々が帯状となっている「精巣」と「輸精管」です。ご存知のように、精子は「精巣」で作られます。「精巣」で作られた精子は「輸精管」に蓄えられます。オスガニでは「輸精管」がいわゆる精子の貯蔵庫となっています。


精巣(黄緑色矢印)と輸精管(赤色矢印)。左右一対になっています。水色矢印は肝膵臓。

 ところで、ズワイガニの精子はどんな形をしているのでしょうか?
 ズワイガニの精子は、「精包」という直径100ミクロン程度の小包の中に入っています。「精包」をつぶすと中から無数の精子が出てきます。精子の大きさは3~4ミクロン程度で、哺乳類の多くの精子で見られるような大きな頭と長いしっぽというイメージとは、およそかけ離れた姿をしています。精子には短いトゲのようなものが数本みられますが、しっぽのようなものは無く、全く動くことはありません。


ズワイガニの「精包」(大きさ約100ミクロン)。「精包」の中には精子がたくさん入っています。メスガニには「精包」の状態で渡されます(光学顕微鏡で撮影)


ズワイガニの精子(大きさは3~4ミクロン)。短いトゲのようなものがありますが、運動性は全くありません(左:光学顕微鏡 右:電子顕微鏡で撮影) 

日本海西部海域のオスガニでは、甲幅約5cm(第9齢期)になると精巣と輸精管の中に、精子がたくさん入った精包を顕微鏡で観察することができます。このことから、オスガニは甲幅5cm程度で成熟するといえます。
 メスガニの成熟が甲幅約7cmの第10齢期であることから、オスガニはメスガニよりも約1年早く成熟することになります。

7 交尾能力は甲羅の硬さと「ハサミ」の大きさで決まる

 ズワイガニの再生産にとってのオスガニの役割とは、交尾を行い、メスガニに精子(精包)を渡すことです。オスガニは甲幅5cm程度で成熟するわけですから、これ以上の大きさのオスガニであれば全て交尾は可能といえます。

 ズワイガニの交尾には、初産卵の直前に行われる交尾と、経産卵の直前に行われる交尾の2つの種類に分けられます。甲幅約5cm以上の全てのオスガニが交尾可能となるのは、実は初産卵の前だけです。経産卵の前の交尾が可能なオスガニとは、最終脱皮を終えて少なくとも1年以上が経過し、甲羅が十分に硬くなった、いわゆる「松葉ガニ」だけです。
 初産卵前のメスガニは、脱皮直後で体全体が非常に軟らかい状態にありますが、経産卵のときにはメスガニの体はすっかり硬くなっていることから、甲羅が柔らかいオスガニや小さいハサミしか持たないオスガニでは交尾できないのです。

 このように、交尾能力の違いから、経産卵メスとの交尾が可能なオスガニを「形態的成熟オス」といい、成熟はしているが経産卵メスとは交尾ができないオスガニを「形態的未成熟オス」といいます。

 初産卵前の交尾に関する水槽実験で面白い結果が報告されています。
 ひとつの水槽に初産卵前のメスガニと、「形態的成熟オス」と「形態的未成熟オス」とを収容して、どのオスガニが交尾に成功するのかを観察したのです。初産卵前であることから、「形態的未成熟オス」であっても交尾は可能です。しかし、交尾に成功したのは「形態的成熟オス」でした。メスガニをめぐるオスガニの対決は、やはり大きなハサミを持ったオスガニに軍配があがったというわけです。


初産卵前の交尾の様子(写真:旧日本栽培漁業協会小浜事業所) 上になっているのがオスガニ、下になっているのがメスガニ

8 オスガニとメスガニとが出会ってから交尾するまで

初産卵にともなうメスガニの脱皮、交尾、産卵といった一連の行動は、水槽飼育により観察された報告があります。
 まず、メスガニの脱皮前には、オスガニはハサミを使って、向かい合うようにしてメスガニの脚をしっかりと挟んでガードします。これを交尾前行動(カップリング)といいます。やがてメスガニは脱皮を行いますが、このときにはオスガニが脱皮の補助を行います。
 メスガニの脱皮が終わると、短時間のうちに交尾が行われます。交尾は40分前後続きます。交尾が終わってから産卵までの時間は、およそ1~2時間です。ちょっと余談ですが、水槽飼育の結果では、1匹のオスガニが6匹のメスガニと交尾を行ったという報告があります。

 さて、自然の海の中では、メスガニの脱皮の7~10日間前頃からカップリングがみられています。下の写真は1989年8月に京都府沖合の水深270mの海底で、「しんかい2000」により撮影したカップリングの様子です。写真の手前がオスガニ(形態的成熟オス)で、奥が脱皮前のメスガニです。オスガニが大きなハサミで、メスガニの脚をしっかりと挟み、ガードしています。

 
初産卵前のカップリングの様子。手前がオスガニ、奥がメスガニ。
(1989年8月18日「しんかい2000」で観察)

 経産卵の前にもカップリングは確認されています。「4 分布と移動」で紹介したカナダで撮影されたカップリングは経産卵前のものです。
 また、底曳網漁業者の話しによれば、「2~3月頃にはオスガニがメスガニをハサミで挟んだ状態で網に入ってくることがある」といいます。この頃は経産卵の時期に当ることから、これもカップリングと考えて間違いではないでしょう。

 このように、オスが交尾の前後にメスをガードすることは、ズワイガニに限らず他のカニ類や、トンボなどの昆虫でもみられます。少々難しいかもしれませんが、このような行動はオスが自分の子孫を確実に残すための「繁殖戦略」といえます。


経産卵前のカップリングの様子。オスガニは「形態的成熟オス」です。
(宮津エネルギー研究所「魚っ知館」の水槽で撮影)

9 ちょっと雑談...

(1) メスガニの脚には「キズ」がある

 コッペ」が食卓に並んだときに、一度「コッペ」の脚を良く見てください。多くのメスガニ(「コッペ」)で写真のような「キズ」があることに気が付きます。これは「交尾キズ」と呼ばれており、交尾のときにオスガニのハサミで挟まれた痕跡です。
 メスガニの脱皮のときにはオスガニが手助けすることを説明しましたが、脱皮直後で体全体が軟らかいときに、大きなハサミで挟まれるわけですから、「キズ」が出来るのも当然のことかもしれません。
 「キズ」の程度は、メスガニによって様々です。


交尾のときにオスガニに挟まれた跡(「交尾キズ」)

 

 

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