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これだけは知っておきたいノロウイルス感染症の知識

 冬に向かって増える感染症の一つにノロウイルスによる嘔吐・下痢症-ノロウイルス感染症(食中毒)があります。
 牡蠣の食あたりとしても知られていますが、近年、老人福祉施設や学校等で集団発生が見られ、マスコミでも度々取り上げられているので、ご存じの方も多いかと思います。この感染症、なかなかしたたかで、防ぎきることは難しいのですが、敵(ウイルス)の本質を知り、私たちが対処できる限界を知ることは予防に役立つと思います。

 歴史

 1968年、米国オハイオ州ノーウォークの小学校で胃腸炎が集団発生しました。その原因として、1972年、小型で球形、表面に突起のある特徴的なウイルスが電子顕微鏡によって観察されたことで、その存在が初めて明らかになりました。その後も世界各地で発生流行していることが分かり、それぞれ流行地の名前を付けて呼ばれ(例えば、ハワイウイルス、スノーマウンテンウイルスなど)、広く知られるようになりました。ただ、検査法が電子顕微鏡による直接観察以外になかったことから、その実態を把握することは難しかったのですが、遺伝子増幅法(PCR)による検査が一般化したこの十数年来、今まで原因不明とされていた嘔吐・下痢症の多くがこのウイルスによるものであることが分かってきました。2002年にノロウイルス(norovirus)の属名が定められ、現在、この名称が使用されています。

 病原体

 病原ウイルスは直径38nm(ナノメートル:10億分の1メートル)の小型で球形のウイルス(SRSV)であり、表面に32個のコップのような窪みがあることから、ラテン語でコップを意味する“カリシ”ウイルス科に属しています。リボ核酸(RNA)とタンパク質で構成されています。脂質の外皮(エンベロープ)を持たないので、逆性石鹸やアルコールによる消毒はほとんど無効です。遺伝子グループ(Genogroup)タイプ1とタイプ2に大きく分けられ、タイプ1には14、タイプ2には17の血清型があります。
 最新の研究で、ヒトの血液型抗原がノロウイルスのレセプター(受容体)として働いていること、ノロウイルスの血清型ごとに利用するレセプターが違っていることから、ヒトの血液型とウイルスの血清型の組合せによって感染したり、しなかったりすることが分かりました。例えば、ノーウォーク類似株ではO型、A型の人は感染しますが、B型の人は感染しないようです。また、スノーマウンテン類似株ではB型、A型の人は感染しますがO型の人は感染しません。このことから、同じ牡蠣を食べても、食あたりに遭う人、遭わない人のいる不思議な疫学事象が解明されました。
ノロウイルスの電子顕微鏡写真(ノロウイルスの電子顕微鏡写真)
 

疫学

 ノロウイルスによる食中毒は、平成25年度厚生労働省食中毒統計資料によると発生件数で第1位(931件中328で35.2%)、 患者数で 第1位(20,802人中12,672で60.9%)となっており、これを予防することが食中毒対策上どれほど重要な意味を持つか、お分かりいただけると思います。発生時期のピークが12~2月の冬季にあることは、このウイルスが乾燥や低温に強いことや感染経路に牡蠣が関わっていることによるものです。

ウイルスの生態、感染経路

 ノロウイルスが増殖できるのはヒトの小腸上皮細胞内だけです。ここで増えたウイルスは糞便とともに排泄され、下水処理場へ運ばれ浄化、塩素処理されて河川に放流されます。しかし、このウイルスは水の消毒に使う通常の塩素濃度では死滅しないので、感染力を保ったまま海水中を漂っています。牡蠣などの二枚貝は、このウイルスをプランクトンとともに摂取し、中腸腺と呼ばれる器官に蓄えます。このようなウイルスに汚染された牡蠣を加熱調理することなく食べることで、また、ヒトの小腸内に戻り、感染が繰り返されることになります。
 食品を介して病因物質が体内に入り発病することを食中毒と呼んでいますが、ノロウイルスは感染症の病因でもあり、ヒトからヒトへ直接伝播します。小学校で集団発生した事例では、嘔吐した児童の学級に限って患者が発生していました。このことから、小学校の全員が食べた給食が原因ではなく、吐物に疑いの目が向けられました。調査によれば、吐物をクラス全員で掃除していないので、汚れた手だけが感染経路ではありません。吐物が細かい飛沫となって空気中に浮遊していたり、一旦、床に落下した飛沫が乾燥して浮遊したものが口に入って感染したと考えられています。すなわち、その教室に居ただけで感染しました。
 このウイルスに感染した患者の下痢便には100万個/g程度のウイルスが含まれています。また、人は100個程度のウイルスで感染するといわれています。したがって、計算上では、わずか1グラムの便で1万人もの人を感染させることができます。この下痢便を水洗便器に流す場合、水のたまった便器から渦をなして吸い込まれる渦巻型便器では問題ないのですが、排泄物を勢いよく水で流し去る瀉水型便器の場合、吐物と同じ現象が起こりうることは、あまり知られていません。また、大阪のあるホテルで食事をした人たちがノロウイルス感染症を発症していた事例では、宴会場の絨毯からウイルスが検出されました。吐物が適切に処理されていない可能性があります。「牡蠣も食べていない」、「周りに嘔吐した人もいない」、全く思い当たるふしがないのにノロウイルスに感染することがあります。したたかなウイルスと言わざるを得ません。
 

臨床症状

 ボランティアによる感染実験から潜伏期は1~2日であることが分かりました。嘔気、嘔吐、下痢、腹痛、発熱などの症状を伴い発病します。一般に軽症といわれていますが、症状は人によって様々で、二日酔いのようにむかついただけの人から、十数回に及ぶ下痢による脱水症まで個人差があります。お年寄りでは、吐物をのどに詰まらせて死に至ることもあります。一般的に病状は2~3日で快復しますが、当研究所で行った追跡調査では快復後3週間にわたってウイルスを排出し続けていた調理従事者の例がありました。本人が感染の自覚を持って手洗いの徹底等適切に対処することにより、予防は可能と思われますが、正しい知識が必要です。

治療

 抗ウイルス剤やワクチンなどの有効な手立ては開発されていません。したがって、対症療法を行います。ただ、止瀉剤の使用は病原ウイルスを排除しようとしている腸管の動きを止めることになり、快復を遅らせます。
 当研究所ではノロウイルス感染症が疑われる事例について、細菌検査も並行して行っています。この際、ノロウイルスが検出された事例では、同時にウエルシュ菌がしばしば検出されます。これは腸内ミクロフローラ(細菌叢)の乱れを意味します。正常に戻すために、乳酸菌などの整腸剤が使用されます。

予防対策

 1 食品の加熱

 予防のためにはウイルスの生態、感染経路をよく知り感染環を絶つことです。食中毒の病因としてのノロウイルス感染を防ぐためには、食品を85度で1分間以上加熱調理して、その感染力を失活させることが何より重要です。
 ところで、皆さん、食品売り場の冷蔵ショーケースに並ぶ牡蠣に、「生食用」「加熱用」という表示をご覧になったことがあるかと思います。これは食品の成分規格と呼ばれるもので、まだノロウイルスの実態がよく分からなかった時代に決められました。主に赤痢、サルモネラなどの腸内細菌や腸炎ビブリオによる食中毒を想定しており、「生食用」は生菌数50,000/g以下、大腸菌最確数230/100g以下、むき身の生牡蠣については、腸炎ビブリオ最確数が100/g以下と定めており、この規格に合致しないものが、「加熱用」となります。ノロウイルスは全くの想定外であり、規制の対象となっていません。それにしても、牡蠣好きには「生食用」とは悩ましい表示です。

 2 貝とウイルス

 牡蠣に何の罪もないのですが、もう少し貝の話をします。私たちが食用にしている貝は大きく分けて、牡蠣、アサリ、ハマグリ、シジミなどの二枚貝とサザエ、アワビなどの巻き貝に分けられます。二枚貝はプランクトンと同時にウイルスをこし取り中腸腺にウイルスを蓄えます。したがって、アサリ、シジミなども中腸腺にウイルスを蓄えています。しかし、これらを生食することはありません。ただ、ホタテは貝柱だけを刺身で食べることもありますが、殻付きの貝を焼いて食べることもあります。十分加熱されない場合、ノロウイルスに感染する可能性があります。また、二枚貝の中腸腺に蓄えられるのはノロウイルスだけではありません。アサリ、シジミなどの二枚貝がA型肝炎ウイルスなどに汚染されていることが、調査で分かっています。二枚貝を生食した場合、A型肝炎ウイルスに感染し、ノロウイルス感染症よりも重篤な劇症肝炎になる可能性のあることを知っておいて欲しいと思います。一方、サザエなどの巻き貝は海草を食べて生活しているので、ノロウイルスに関して生食の問題はないと思われます。
プリプリの脂肪層に包まれている暗緑色、ハート型の中腸腺の写真(プリプリの脂肪層に包まれている暗緑色、ハート型の中腸腺の写真)

 3 吐物の処理

 ノロウイルス感染症を発症した場合、多くは嘔吐します。吐物の処理がこの感染症の拡大を左右します。もし、適切に殺菌処理されなければ、前述のとおり吐物は乾燥しホコリとなって舞い上がり、感染源になります。吐物には便に比べて汚いという意識がなく、素手でティシュペーパーを使って拭き取るなどの処理が行われますが、これは不適切です。そこで、次のような処理をお勧めします。必ず、使い捨ての手袋をしてから、バケツに水を5リットル入れ、そこにキャップ2杯(20ml)の家庭用塩素系漂白剤を入れます。これで200mg/lの高濃度塩素ができあがり、ノロウイルスを殺菌できます。バケツの水の中にペーパータオルや新聞紙を浸し、軽く絞ります。これを広げて吐物を覆うようにして、拭き取ります。絨毯などは浸すようにして、塩素がよく行き渡らせてから、拭き取ります。拭き取った吐物はビニール袋に密閉し、焼却ゴミとして処分してください。

 4 便の処理

 福祉施設等での介護では特に注意が必要です。紙おむつの処理は吐物と同じように行いますが、肌に付着した汚物を拭き取る場合に、高濃度の塩素では肌荒れの原因となります。繰り返し、濡れティシュで拭き取ってください。このとき、必ず使い捨ての手袋は要介護者ごとに変える必要があります。また、手洗いも要介護者ごとに行います。このとき、必ず石鹸でゴシゴシと、その後、流水で何度も洗い流します。手に付着したウイルスを殺菌することはできませんが、皮脂と共に流され、感染予防にはかなり効果的です。汚物の付着した下着やシーツは、高濃度塩素に1時間以上浸してから洗濯します。このとき、汚物がたくさん付着していると、塩素の効果が落ちるので、汚物はできるだけ取り除きます。
 残念ながら、これは絶対といった決定的な予防法はないので、ウイルスの性質を知り、正しい処理をすることが必要です。

 

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