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第1章 重要文化財「京都府庁旧本館」の概要

京都府庁舎の建設が議会で承認されたのは明治33年(1900年)のことで、翌34年11月に起工した。
当時は、地方行政の骨格も定まり、行政事務の拡大と細分化、官吏数の増大があり、そのため庁舎機能の拡大と多様化に対応できる建物を計画することと、それまで庁舎と一体ではなかった府議事堂を庁舎内に設けることが求められた。
また、外観はこれまでの和風建築とは異なる正統的な西洋建築の意匠が要求されたため、先に完成していた東京府庁舎(明治27年)や兵庫県庁舎(明治35年)を参考に、よりよいものを目指して設計された。
工期3年余、総事業費は当時では破格の約36万6千円を要して、明治37年12月20日に竣工し、地上2階建、延床面積約6,100平方メートルで、創建当時は正庁(庁舎の広間で公式行事や式典を執り行う室)・知事室・議場・貴賓応接室・議長室など大小55室で構成され、中庭は、西欧風の整形式庭園として、しだれ桜を中心に中高木が植えられている。
以後1世紀、旧本館は現在も、府庁のシンボルとして存在している。

旧本館正面南側 旧本館北側

2 旧本館の利用状況

昭和46年(1971年)までは京都府庁の本館として、また、現在も議場は府政情報センター、その他の部屋も人事委員会事務局等の執務室や会議室として使用しており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものとなっている。
竣工以来約100年が経過する中で、屋根の老朽化が進んだことから、平成9年から総工費約7億7千6百万円をかけ、屋根の全面葺替工事を行い、平成11年8月に完成した。

旧議場(現府政情報センター)

現在の利用状況は下表のとおりである。(平成17年1月現在)

1階

府政情報センター、人事委員会事務局、選挙管理委員会、収用委員会、全国高等学校総合文化祭準備担当、法令審査室、その他会議室、資料室等

2階

高校改革推進室、税務課別室、会議室11室、資料室5室等

3 旧本館の文化財としての価値

(1)「西洋建築の様式的習熟の高さを示すものであること」

建築の基本モチーフはルネサンス様式に属し、建物の外観は、正面の一段高くなった屋根を中心として左右両翼に対称に張り出した形となっており、西洋近世の大邸館をほうふつさせるものがある。
明治30年代は、日本人がこうした西洋建築における様式操作を適切に行えるようになり始める時期であり、本建築はその代表と位置づけられる。
建物内部においては、随所に和風の優れた技術が巧みに取り入れられており、内部意匠は建築よりもむしろ工芸品といった趣さえ感じさせる。

(2)「近代的行政庁舎建築の歩みをよく物語るものであること」

明治維新以来続けられてきた近代的行政庁舎の模索の総決算的建築であり、以後、大正期後半までは、府県庁舎の典型として模範にされた。
近代日本が生み出した府県庁舎のうち、東京府庁舎はすでになく、兵庫県庁舎は、昭和20年の戦災で壁体だけを残して焼失したが、近年、外観を建設当時に復原し、内部は大改造し迎賓館兼県政資料館として再生した。それらの中、京都府庁旧本館は本格的に改修するような工事はこれまで行われておらず、明治期の形態を損なうことなく、府県庁舎の全容をとどめている点が評価できる。

(3)「庭園や家具も往時を物語るものであること」

建物本体だけでなく外構でも、明治から大正期を代表する庭師であり、平安神宮神苑や山形有朋の別邸であった無鄰庵庭園を手がけた七代目小川治兵衛が庭園の設計をしている。
また、家具についても、当時「日本の洋家具の父」と言われた東京の杉田幸五郎が旧本館の主要家具を製作納入している。

旧知事室&家具

4 旧本館の立地と周辺地域

京都府庁の敷地内にある旧本館は欅(けやき)並木の美しい釜座(かまんざ)通りの正面に位置し、並木道を通して威風堂々とした姿をみせている。
旧本館のある京都府庁周辺は、近畿農政局や京都地方検察庁をはじめ京都府警察本部、110番指令センター等が集積する京都有数の官公庁街であるが、東側には京都御所・御苑などの歴史・文化ゾーン、西側には織物等の町家風情が多く残る西陣地区、北側には同志社大学などの学術ゾーンを有し、また、府庁周辺を含めたこれらの地域一帯には、由緒のある社寺や住居跡をはじめ、お茶や織物等に関する資料館・美術館などの文化・観光資源が豊富にある。

正庁ベランダからの景色 

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