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陶芸で生きていこう。何の根拠もないまま、美術高校二年の秋にそう思い、訓練校へ進んだ。
子どもの頃から図工が好きで、その延長で工芸系の高校に入り、陶芸に触れた私は、早々に自分の進む道を決めてしまった。
卒業してから十年が経ったことに、今はただ驚いている。同級生と課題の進み具合を競い、道具作りの手際まで張り合った日々。釉薬の入った大きなバケツを攪拌機で底を抜き、大惨事にしたこと。失敗も含めて、あの二年間は確かに濃かった。友人に「真面目なポンコツ」と評されたことも、今では懐かしい。
二年間学んだのち、市野雅彦先生のもとに五年間弟子入りした。器からオブジェまで制作し、庭や空間づくりまで、できることは自分たちでやる人だった。次々とやりたいことが生まれ、いつもどこかを改装していた。
あの五年は、緊張感を持ちながら怒涛のように過ぎ去った。一つ一つ丁寧に教わるというより、目まぐるしく進む現場の中に目と体を放り込むような時間だった。陶芸に限らず、庭掃除や森を切りひらく中にも学びがあった。もちろん土の扱いも覚え、表現の幅も広がった。一見直接関係のない作業や生活の中に、生き方のヒントが多くあったように感じている。
独立して五年が経った今、改めて思うのは、物を作るうえで大切なのは「どう生きるか」なのだということだ。
高校で陶芸の楽しさを知り、訓練校で基礎を学び、弟子入りで生き方を学んだ。振り返れば、そのすべてが今につながっている。おっちょこちょいという表現ではぬるすぎる山のような失敗の数々も、きっと。
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