ここから本文です。


私と京焼・清水焼の運命的な出会いは、テレビ番組で目にした野々村仁清の「色絵芥子文茶壺」でした。見た瞬間、身体中に稲妻が走ったような衝撃を受け、言葉を失うほど魅了されたのです。「なんて美しいのだろう…」その感動が、私の新しい人生の始まりとなりました。
どうしても本物が見たくなり、私はすぐに京都へ向かいました。番組でお見かけした窯元さんへ何度もお願いし、ようやく工房を見学させていただけることに。そこで「京都府立陶工技術専門校」の存在を知り、私の心は「ここで学びたい!」という願いでいっぱいになりました。けれど、当時は飲食店を経営しており、さらに脳腫瘍という大病を患った後でした。思うように動かない体と向き合いながら、病院へ運ばれるような苦しい日々が何年も続きました。
それでも、あの時魂が震えた感覚だけは、どうしても忘れられませんでした。「一度きりの人生、後悔したくない。やりたいことに全力で挑戦しよう」そう心に決めて、お店の整理や資金の準備を整え、一度の不合格を乗り越えて、ようやく入校の切符を手にすることができました。家族からの反対もありましたが、その寂しさを情熱に変えて前を向きました。
学校では、美大出身者など経験豊かな仲間に囲まれ、自分の未熟さに落ち込む日もありました。けれど「できないことを学ぶためにここへ来たのだから、一歩ずつ進めばいい」と自分を励まし、先生や友人に支えられながら必死に食らいつきました。体調が優れない日もありましたが、好きなことを学べる喜びを力に変え、結果として皆勤賞をいただくことができました。それは私にとって、何よりの自信となりました。
卒業後、辛い時期もありましたが、今こうして憧れていた仕事に携われていることを心から幸せに感じています。支えてくださる方々への感謝を忘れず、これからも京焼・清水焼の美しさを追い求め、一歩一歩大切に歩んでいきたいと思っております。
お問い合わせ