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4 分布と移動(応用編)

 ここでは、ズワイガニが底生生活を始め、脱皮を繰返しながら成長していく中で、どのような場所に主に分布するのか、また、ズワイガニはどの程度移動するのかなどについて紹介します。

1 成長にともなう分布域の変化(オスガニとメスガニの「別居生活」)

(1) 稚ガニ

 ズワイガニが生息する水深帯は概ね200〜400mの広い範囲です。ズワイガニはこの広い範囲に均一に分布するのではなく、未成熟なカニ、成熟したカニで主に生息する水深帯が異なります。
 ここでは、京都府沖合の水深220〜300mの範囲(この海域ではこの水深帯がズワイガニの主たる生息域といえます)での事例を紹介します。

(2) 若齢ガニ

 甲幅5〜8cmのオスガニと、甲幅5cm以上でまだ産卵をしていないメスガニとを便宜的に「若齢ガニ」と呼ぶことにします。若齢ガニになると稚ガニとは異なり、メスガニ、オスガニともに水深240m付近に偏って生息するようになります。

(3) 親ガニ

 甲幅9cm以上のオスガニと、産卵を行い腹節に卵を抱えたメスガニ(甲幅約7〜8cm)をここでは便宜的に「親ガニ」と呼ぶことにします。親ガニになるとメスガニは若齢ガニと同じように水深240m付近にかなり偏って生息します。一方、オスガニは主に水深270mよりも深いところに生息するようになります。
  若齢ガニまではオスガニとメスガニとがほぼ同じ水深帯に生息していましたが、親ガニになるとオスガニとメスガニとで別々な水深帯に生息するようになります。
  一般的にズワイガニでは、親ガニになるとオスガニとメスガニとは「別居生活」をすることが知られています。

2 ズワイガニの「群れ」

 海の中では小魚が敵から身を守るために大きな「群れ」を作って生活しています。ズワイガニも「群れ」を作って分布することが分かってきました。「群れ」といっても敵から身を守るという観点とは少々異なります。
 ここでは、ズワイガニの特徴的な「群れ」のパターンをいくつか紹介します。

(1) どんな方法で「群れ」を調べるのか?

 海洋センターでは「かご縄」という漁具を使ってズワイガニの分布状況を調べています。ズワイガニを獲るための「かご」を長さ約5,000mの1本のロープに、100m間隔に50個を取り付け、海底に沈めます。「かご」にはズワイガニの餌となる冷凍サバを入れます。においにつられて「かご」に入ったカニは、外に出ることはできません。
  約8時間後に「かご縄」を引揚げて、「かご」ごとにどの大きさのカニが何尾獲れたのかを調べます。
  50個の「かご」にほぼ同じ数のカニが入っていれば、調査をした範囲にほぼ均一にカニが分布していたといえます。もしカニが「群れ」を作っていれば、そこに沈められた「かご」ではたくさんのカニが獲れるでしょうし、逆に「群れ」から外れてしまえば、その「かご」ではほとんど獲れなくなってしまいます。
  このように、約5,000mの範囲でのズワイガニの分布状況、とりわけ「群れ」の存在やその形状を調べることができます。

調査に使う「かご」(底面の直径130cm、高さ43cm)。中には冷凍サバを4〜5尾吊下げます。カニは「かご」の側面をよじ登り、上面の赤い口から中に入ります。

8時間後に「かご」を引揚げます。「かご」からズワイガニを取出し、測定を行います。多いときには、1かごで100尾以上のズワイガニが入ります。

(2) メスガニはわずかな水深の違いにより別々な「群れ」をつくる

 下の図は、ズワイガニ漁の解禁前に当たる10月に、水深236mから250mにかけて「かご縄」を入れたときの結果です。
  たいへん興味深いのは、メスガニでも「クロコ」と「アカコ」とでたくさん獲れた場所が全く違ったことです。
  すなわち、水深243m付近を境にして、それよりも浅い方には「アカコ」、深い方には「クロコ」が多くなっていました。「アカコ」と「クロコ」とは、わずかな水深の違いにより、両方が交わることなく別々な「群れ」をつくっていることが分かります。
  「クロコ」の「群れ」は、水深244mから250mにかけて形成されており、「群れ」の大きさ(距離)はおよそ2,000m強と考えられます(各図の横軸の1目盛りは500mの距離を表しています)。

  一方、オスガニは「アカコ」や「クロコ」のように、はっきりとした「群れ」はみられませんが、全体的には水深243m付近を境にして、浅い方と深い方とにそれぞれ「群れ」があるといえるかもしれません。


かご縄調査の結果(昭和63年10月)各図の黒丸は1かご毎の採捕尾数、青色の横線は1かご当りの平均採捕尾数を表します。

(3) 同じ水深でも別々な「群れ」をつくる

 次に、ズワイガニの初産卵期(詳しくは、「3 成熟と産卵」を参照)に当たる7月に、水深243mの等深線に沿って「かご縄」を入れたときの結果を示します。

  この時期のメスガニ(親ガニ)は大きくは2種類に区分けすることができます。それは甲羅の硬いメスガニと柔らかいメスガニです。甲羅が柔らかいメスガニは、生涯の最初の産卵を行って間もないもので、甲羅が硬いメスガニは初産卵から少なくとも約1年以上が過ぎたものです。
  ちなみに、この時期はお腹に抱えた卵の色は全てオレンジ色もしくは赤色であるために、先に述べた「アカコ」「クロコ」という区分けはできません(詳しくは、「3 成熟と産卵」を参照)。

  ここでも興味深い結果が得られています。
  甲羅が硬いメスガニは最初の「かご」から中間の25番目までの「かご」で多く、甲羅が柔らかいメスガニは、逆に中間から最後の「かご」で多く獲られました。
  すなわち、同じ水深でも甲羅が硬いメスガニは中間点よりも左側(西側)に、甲羅が柔らかいメスガニは中間点よりも右側(東側)にそれぞれが「群れ」をつくっていることが分かります。

  オスガニは、甲羅が柔らかいメスガニとほぼ同じ場所に「群れ」をつくっています。親ガニになるとオスガニとメスガニとは「別居生活」をすることを先に述べました。しかし、産卵のために「交尾」を行うときは例外です。調査を行ったのが産卵時期に当たるため、このオスガニと甲羅の柔らかいメスガニとは、交尾のために集まってきていた「群れ」と考えることができるでしょう。

  ちなみに、この「群れ」の中のオスガニの大きさは甲幅7cm前後(第10齢期:詳しくは、「2 脱皮と成長」を参照)で、オスガニとしては小型といえます。この水深よりも深いところでは、大型のオスガニとメスガニが交尾のためにペアー(カップリング)になっている光景が「しんかい2000」の調査で観察されています。


かご縄調査の結果(平成2年7月)各図の黒丸は1かご毎の採捕尾数、青色の横線は1かご当りの平均採捕尾数を表します。

(4) ズワイガニ漁期中(冬季)の「群れ」はどうなっているのか?

下の図は、ズワイガニ漁場のちょうど中心に位置する水深270mに設けられた「ズワイガニ保護区」(詳しくは、5 ズワイガニの保護(資源管理)」を参照)の中で、3月に調査を行った結果です。同じように50個の「かご」を使って、水深270mの等深線に沿って「かご」を入れています。

  ここでは、オスガニとメスガニとをそれぞれ甲羅の状態や成熟の度合いが異なる2つのグループに分けています。
  オスガニでは前年の9〜10月頃に脱皮を行い、甲羅が柔らかいグループ(水ガニ)とそれ以前の年に最終脱皮を行っており、十分に甲羅が硬くなっているグループ(かたガニ)、また、メスガニは先に述べた「クロコ」と「アカコ」とにそれぞれを分けています。

  オスガニをみると、「かたガニ」「水ガニ」ともに「群れ」をつくっています。「かたガニ」は調査範囲のほぼ中央、「水ガニ」は右側(東側)に、それぞれが別々な場所に「群れ」をつくって分布しているのが分かります。

  メスガニはその傾向がよりはっきりと現れています。「クロコ」はほぼ中央、「アカコ」は「クロコ」の「群れ」と重なることなく、その両側に「群れ」をつくっています。


かご縄調査の結果(平成12年3月) 各図の黒丸は1かご毎の採捕尾数、青色の横線は1かご当りの平均採捕尾数を表します。

(5) 冬季の「群れ」の特徴(強いオスガニがメスガニと交尾する)

 調査を行った3月は、メスガニのお腹に抱えられた卵から幼生がふ化する時期に当たります。メスガニは幼生をふ化させた後には、オスガニと交尾を行い、すぐに次の産卵を行います。

  3月の調査でみられた「クロコ」とは、ふ化直前の卵をお腹に抱えたメスガニといえます。また、ふ化させた直後には新しい精子を受取るために、オスガニと交尾を行う必要があります。親ガニとなったオスガニとメスガニとは「別居生活」をするのが一般的ですが、産卵を間近にしてオスガニとメスガニとが同じ場所に「群れ」をつくるのは、交尾のためと考えられます。

  「かたガニ」の「群れ」は、甲幅9cm前後から13cm以上の大型のもので構成されていました。それに対して、この「群れ」から外れたところの「かたガニ」には、大型のものはみられませんでした。

  話は変わりますが、カナダの研究者が水槽実験を行いたいへん面白い結果を報告しています。それは、産卵を控えたメスガニと大型のオスガニ、小型のオスガニとをひとつの水槽に入れ、どのオスガニがメスガニと交尾を行うのかを観察したのです。結果は、だいたい想像がつくと思いますが、交尾に成功したのはより大型のオスガニでした。小型のオスガニは大型のオスガニに攻撃され、水槽の隅の方へ追いやられてしまったのです。

  この水槽実験と同じようなことが、深い海の底でも再現されていたのでは...と考えられます。このときに交尾を行ったのは、甲幅13cm以上の大型の「かたガニ」だったのかもしれません


カナダ・ニューファンドランドで撮影されたズワイガニの交尾前行動(水深40m前後)。大型のオスガニがメスガニを抱え、お腹の卵がふ化した直後に交尾を行います。

3 ズワイガニの「群れ」と底曳網操業

 京都府の底曳網漁船は解禁直後の2〜3航海は、ほとんどの船がメスガニを狙って操業します。メスガニで水揚げができるのは「クロコ」だけです。メスガニを狙った操業で「クロコ」がたくさん網に入ってくれば、操業する場所としては上々といえます。しかし、水揚げが禁止されている「アカコ」ばかりが網に入ってくると、次の操業は場所を変える必要があります。
 では、次の網をどこに入れるのか?漁業者の皆さんは、次は少し深い水深帯に網を入れます。これは、先にも述べたように、ある水深帯を境にして、浅い方には「アカコ」、深い方には「クロコ」がそれぞれ「群れ」をつくるというズワイガニの分布特性を利用した漁業者の皆さんの知恵といえます。

 ズワイガニの「群れ」と底曳網の操業範囲(航跡図)を模式的に現すと概ね下の図のようになります。
 「群れ」の大きさは大小様々ですが、およそ1,000〜2,000mと考えられます。底曳網の1回の操業では、船はゆっくりとしたスピードで網を曳きながら3,000m程度を移動します。
 底曳網の網がズワイガニの「群れ」の中を横切れば、大漁が期待できますが、「群れ」を外れてしまえばあまり良い漁は期待できません。実際の漁業の現場では、2隻の船がすぐ近くで同じように操業していても、水揚量が全く違うということが少なくありません。下の図でいえば、A丸は豊漁が期待できますが、すぐ近くで操業するB丸はあまり期待はできないことになります。
 底曳網の操業ごとの好不漁を決定する要因のひとつには、このようなズワイガニの「群れ」といった分布特性があったのです。


ズワイガニの「群れ」と底曳網の操業範囲(イメージ図) 黒丸がズワイガニ、赤と緑色線が底曳網の操業中の航跡を表します。

4 ズワイガニはどこまで移動するのか?

 ズワイガニは遊泳脚をもつガザミやイシガニなどのワタリガニの仲間と違い、海面近くをスイスイと泳ぐことはできません。移動となれば長い脚を使って海底を歩かなければなりません。
 ズワイガニはどの程度まで移動するのでしょうか?

(1) どんな方法で移動を調べるのか?

 海洋センターでは、「かご縄」で採捕したズワイガニに標識票(タグ)を付けて再び海に帰しています。これを「標識放流」といいます。
  標識票は直径15mmのプラスチック製の円盤型で、放流する年により白、赤、青、黄色など色々な色を使い分けします。標識票には京都府を表す「KT」という記号と、4桁のとおし番号が刻まれています。この標識票をズワイガニの脚の付け根あたりにナイロン製のファスナーを使って取り付けます。
  標識放流されたズワイガニは、底曳網によって再び獲られます。これを「再捕」といいます。漁業者の皆さんからは再捕したズワイガニに付いていた標識票の色、番号、そしていつ、どこで再捕したのかなどの情報が海洋センターへ報告されます。
  つまり、放流した場所から再捕された場所までが、そのズワイガニが「移動」した距離といえます。


ズワイガニの「移動」などを調べるために取付ける標識票


標識を付けたオスガニ(左)とメスガニ(右)

(お願い)

皆さんが標識を付けたズワイガニを発見されましたら、ご面倒でも「海洋センター」までご連絡ください!
たいへん貴重なデータとなります!
報告をいただいた方には、海洋センターオリジナルの「テレホンカード」を差し上げています。

宮津市字小田宿野 TEL:0772-25-3076 FAX:0772-25-1532

(2) 最大移動距離はなんと200キロメートル!!

 京都府沖合で標識放流されたオスガニ(甲幅約10cm)が、島根県隠岐島の沖合で再捕されました。放流から再捕されるまでの期間は758日で、その間の移動距離は約200kmにも及んでいます。これがこれまでの記録となっています。その他にも鳥取県沖合までの100km前後の移動もこれまで十数例がみられています。
  しかし、これらは何万尾も放流したごく一部の事例であり、再捕された9割以上が京都府沖合の放流場所付近で再捕されています。放流されてから5〜6年経って再捕される事例もありますが、これらも大部分が京都府沖合で再捕されています。
  なお、京都府よりも西方向の移動はみられましたが、東方向への移動は福井県沖合で1〜2例みられた程度で、石川県沖合での再捕は皆無です。
  このことから、ごく稀には100km程度の大きな移動を行うものもいますが、大部分のカニはそれほど大きな移動は行わず、京都府沖合をひとつの生息域としていることが分かっています。


最も遠くまで移動した事例(放流場所から再捕場所まで約200km)

5 ちょっと雑談...

(1) ズワイガニとベニズワイの雑種(ハイブリッド)

 日本海に生息するズワイガニ属はズワイガニとベニズワイの2種です。ズワイガニは主に水深200〜400m、ベニズワイはそれよりもさらに深い水深500〜2,000mに主に生息します。このようにズワイガニとベニズワイとは、水深帯の違いにより「すみわけ」をしています。
  しかし、陸上の「国境」とは異なり、海の底ではここから南は「ズワイガニ国」、北は「ベニズワイ国」という訳にはいきません。ちょうどこの「国境」付近では、以前からズワイガニとベニズワイの雑種(ハイブリッド)が確認されています。この雑種、商品価値はほとんどありません。

  雑種は、体の色はズワイガニよりも赤みを帯びますが、ベニズワイほどではない。甲羅のかたちをみると、後縁部の傾斜がズワイガニよりも急ですが、ベニズワイほどではない。このように、雑種は文字通りズワイガニとベニズワイとの中間型といえます。
  ちなみに、ベーリング海などでは、ズワイガニとオオズワイガニとで生息する場所が明確には分かれていないことから、ズワイガニとオオズワイガニとの雑種がみられています。

  一般的に、雑種は子孫をつくることができないといわれています。もちろん、ズワイガニとベニズワイの場合も例外ではありません。メスガニは産卵した卵をふ化するまでの間、自分のお腹に抱えます。しかし、雑種のメスガニのお腹をみると、そのほとんどが卵を持っていません。
  したがって、雑種がたくさん増えるということはないといえます。ただ、最近の海洋センターの調査では、ズワイガニの主たる生息域でこの雑種をみることが増えており、ちょっと気がかりです。


雑種のオス(下)とメス(上)

 


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