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5 ズワイガニの保護(資源管理)応用編

底曳網によるズワイガニ漁業には、資源の保護を目的とした種々の漁業規制が課せられていることを紹介しました。しかし、その規制だけではズワイガニを保護するためには、必ずしも十分ではないことが分かってきました。
 このような中で、これまでの漁業規制に加え、京都府の底曳網漁業者の皆さんが取り組んできた独自の「ズワイガニの資源管理」について紹介します。

1 「カニの安住の地」をつくるプロジェクト

 ズワイガニ漁業では、水揚できる時期や大きさ、また数量などについての厳しい取決めがされています(詳しくは、「5 ズワイガニ漁業」を参照)。それにもかかわらず、漁獲量は一時には最盛期の10分の1以下にまで減ってしまいました。その原因として、いわゆる「乱獲」や「混獲ガニ」などの問題があげられます。
 このように、ズワイガニにとって「底曳網」は最大の「天敵」となっているのです。
 そこで、ズワイガニが安心して生活できる場所「カニの安住の地」をつくり、積極的にズワイガニを保護する方法を検討し、実践しています。

(1) コンクリートブロックを沈めた「保護区」の設置

 沿岸域では、魚礁を海底に設置して、魚類が棲みやすい環境を人工的につくる取組みが以前から盛んに行われています。魚礁の中で小さい魚を保護し、大きい魚だけを魚礁の周りで獲るという発想です。
  このような発想をズワイガニに応用したのが「ズワイガニ保護区」です。つまり、ズワイガニが生息する海底の一定区画にコンクリートブロック(魚礁)を設置し、その区域を「保護区」とするのです。「保護区」の中は一年をとおして底曳網を曳くことが出来ないため、区域の中にいるズワイガニは底曳網からは完全に保護されます。

 海底に設置するコンクリートブロックは一辺が約3m、重量が13トンもあり、沿岸域で一般的に使われている魚礁に比べると、ひとまわり大きなものです。これは、底曳網のロープや網がブロックに掛かったときに、底曳網に引っ張られてブロックが移動したり、横倒しになったりするのを防ぐためでもあります。

 コンクリートブロックの設置による「保護区」づくりは、京都府が昭和58年に全国に先駆けて取り組んだ全く新しい保護策となりました。


「保護区」の中に設置するコンクリートブロック


コンクリートブロックの設置作業。大型のクレーン船のワイヤーでブロックを吊り、海底まで降ろした時点でワイヤーから切り離されます。


海底に設置されたコンクリートブロックの様子。イソギンチャク類やバイ貝などが付着しています(1989年8月18日「しんかい2000」で観察)

(2) どこに、どれくらいの広さの「保護区」をつくるのか?

 「保護区」をどこに、どれくらいの規模でつくるのかは、漁業者の皆さんとも十分に協議する必要があります。一度海底にコンクリートブロックを設置すると、そこでは二度と網が曳けなくなるからです。

  どこに「保護区」をつくるのかは、ズワイガニの分布が重要な鍵となります。「4 分布と移動」で述べましたが、ズワイガニはオスとメスとで主に生息する水深帯が違っていたり、同じ水深帯であっても成熟段階の異なるカニが別々な「群れ」をつくって分布したりします。

  京都府沖合には、現在6ヵ所に「保護区」がつくられています(下図)。これは、主に「若齢ガニ」「水ガニ」が多い場所、またオスガニとメスガニとが交尾を行う場所、さらにメスガニが幼生をふ化させる場所などに当たります。つまり、漁場の中に複数の「保護区」をつくることにより、稚ガニから親ガニまでを保護することが可能となります。
  6ヵ所の「保護区」を併せた面積は56平方キロメートルで、ちなみにこれは舞鶴湾の約2倍、甲子園球場の約1,400倍に相当する広さになります。

  「保護区」の規模(広さ)は小さいものでは4平方キロメートル、大きいものでは14平方キロメートルです。小さい「保護区」でも一辺が2kmあり、これはズワイガニの「群れ」の大きさに合わせた設定となっています。
  ズワイガニの「群れ」の大きさには大小ありますが、概ね2kmであることを述べました。もちろん、この「群れ」が永久的に同じ場所に存在することはありえませんが、「群れ」の大きさはどれくらいの規模の「保護区」をつくるのかを決定する際のひとつの材料となります。


京都府沖合のズワイガニ「保護区」の設置場所


「保護区」の中のコンクリートブロックの配置
底曳網のロープや網が曳けないように、周辺は250m間隔でブロックが入っています

(3) 「保護区」の中で安心して交尾、産卵を行う

  ズワイガニの漁期は11月から翌年3月までの約5ヶ月間です。一方でこの時期は、ズワイガニの再生産(次の世代の子供をつくること)にとって最も大事な時期に当たります。それは、メスガニが抱える卵がふ化する時期であり、その直後にはメスガニは交尾、産卵を行うからです。これらの一連の行動は「群れ」をつくって行われることが多く、その「群れ」を狙って底曳網が操業すれば、多くのカニが獲られてしまいます(実際に、底曳網はこの「群れ」を狙って網を曳きます)。

  ズワイガニの漁期中に海洋センターが「保護区」の中で調査した結果では、ふ化を間近にしたメスガニが「群れ」をつくっていたことが確認されています(詳しくは、「4 分布と移動」を参照)。
  「保護区」は、このようないわゆる再生産の過程を保護する機能を持っているといえます。

  ところで、海洋センターのズワイガニ標識放流の調査結果から、「保護区」の中と外のメスガニの生き残り率を計算しています。「保護区」の中に放流したメスガニの年間の生き残り率は約57%、外に放流したメスガニの生き残り率は約30%でした(下表)。このことは、「保護区」の外に生息するメスガニは底曳網により獲られやすく、中に生息するメスガニの一部は外へ移動して底曳網に獲られることはありますが、多くは獲られることなく保護されていることを意味しています。

「保護区」の中と外のメスガニの生き残り率

 
生 残 率
(%)
漁 獲 率
(%)
自然死亡率
(%)
「保護区」の外のメスガニ 30.7 43.5 25.8
「保護区」の中のメスガニ 57.1 34.4 8.5

(解説)
生残率:1年間の生き残り率(100%−漁獲率%−自然死亡率%)
漁獲率:底曳網により漁獲される割合
自然死亡率:自然死亡には天敵に食べらたれたり、病気で死んだり、「混獲ガニ」となって死んだりすることが含まれます。ズワイガニの場合には、この中でも「混獲ガニ」となって死んでしまう割合がとくに高いです。

2 「混獲ガニ」をなくすプロジェクト

 京都府(丹後)のズワイガニ漁獲量は、一時は大きく減少しましたが、その原因のひとつには「混獲ガニ」という問題があげられます。減少したズワイガニを増やすためには、「混獲ガニ」をなくす、すなわち、ズワイガニを水揚できない時期には底曳網でズワイガニを混獲しないようにする必要があります。

(1) 秋漁期(9月1日〜11月5日)のズワイガニ保護計画

 この時期の気温や表層近くの水温は20℃以上にもなり、0〜3℃という冷たい世界に棲むズワイガニにとっては、この高水温、高気温は致命的な環境といえます。
  また、この時期はズワイガニが脱皮を行う時期でもあります。脱皮直後は体全体が非常に軟らかく、混獲されると他の漁獲物に押しつぶされ、ほとんど全てのカニが死んでしまいます。

  秋漁期には、底曳網はズワイガニが生息する場所で、アカガレイ、ヒレグロ(黒ガレイ)、ホッコクアカエビ(甘エビ)などを獲っていました。しかし、この時期に多くのズワイガニを混獲することは、ズワイガニ漁の解禁がすぐ後に控えているだけに、ズワイガニ漁の好不漁に直接影響します。

  京都府の沖合では、底曳網漁業者の皆さんの自主的な取組みにより、昭和54年から秋漁期に底曳網の操業禁止区域が設定されています。禁止区域の範囲は、漁業者の皆さんの話し合いにより何回かの見直しが行われており、現在では下の図のように水深220〜350mの広い範囲での操業が全て禁止となっています。

  この禁止区域の取組みは、京都府の沖合で同じように操業する他県の沖合底曳網漁船も含めて守られています。


秋漁期の操業禁止区域の範囲

(2) 春漁期(3月21日〜5月31日)のズワイガニ保護計画

 秋漁期には先に述べたように、以前からズワイガニを保護するための底曳網を曳かない区域がつくられていました。一方で、春漁期は相変わらず「混獲ガニ」が解消されることなく操業が続けられていました。春漁期の「混獲ガニ」はアカガレイ漁でみられますが、春漁期の水揚げの主体がアカガレイであったために、その操業を禁止にすることはできなかったのです。

  大きく落ち込んだズワイガニ漁獲量を回復させるためには、秋漁期に加えて春漁期にも底曳網を曳かない区域をつくる必要がありました。漁業者の皆さんはズワイガニの保護を優先するのか、これまでどおりにアカガレイの水揚げを優先するのかの選択に迫られました。
  十分な議論が交わされた結果、平成6年の春漁期から水深約230〜350mの範囲が底曳網の操業禁止区域となりました。

  春漁期の禁止区域についても、秋漁期と同じように、同じ漁場で操業する他県の沖合底曳網の漁業者の皆さんも一緒になって取り組まれています。

  海洋センターの標識放流調査の結果から、春漁期に底曳網の操業禁止区域をつくったことにより、メスガニの年間の生き残り率が12%高くなったことが分かりました。


春漁期の操業禁止区域の範囲

3 資源管理の取組みと漁獲量 

 ズワイガニ漁業には種々の規制が課せられていますが、その一方で漁獲量は減少の一途をたどっていました。これまでの規制を継続しながら、新たな資源管理の取組みとして、丹後の海では「カニの安住の地をつくるプロジェクト」「混獲ガニをなくすプロジェクト」がスタートし、現在も継続されています。
 これらの取組みにより、京都府沖合ではズワイガニの漁期以外には、「ズワイガニが主に生息する水深帯での底曳網の操業は行わない」という画期的な「資源管理」が完成しました。

 このような資源管理の取組みと漁獲量の推移をみると、丹後の海で独自の資源管理が取り組まれるまでの間は、著しい減少傾向にありました。
 その後、秋漁期に操業禁止区域をつくったり、コンクリートブロックによる保護区をつくったりして、減少傾向に歯止めがかかりました。しかし、それだけでは漁獲量が回復するだけの効果は現れず、さらに保護区をつくり、そして春漁期にも操業禁止区域をつくることにより、徐々に漁獲量が回復し始めました。平成11年には200トン近くを水揚げし、昭和47年以来の豊漁となりました。
 また、その他にもズワイガニ漁期の操業中にも漁獲サイズに満たない「混獲ガニ」がみられますが、この場合には「混獲ガニ」を素早く、丁寧に海に戻すような取組みが行われています。


京都府沖合での資源管理の取組みとズワイガニ漁獲量の関係

4 オスガニとメスガニとをバランス良く獲る  

 底曳網漁業者の皆さんの地道な資源管理の取組みにより、大きく減少した漁獲量は回復してきました。しかし、ズワイガニ資源が増えたからといって、以前のように「無計画」にどんどん獲り続ければ、漁獲量は再び落ち込んでしまいます。
 これからは、これまでの資源管理の取組みを継続していく中で、増えてきたズワイガニ資源をどのように上手に利用(漁獲)するのかを考えていかなければなりません。

(1) オスガニとメスガニのバランス(性比)とは...

ズワイガニを水揚げしているのは我が国をはじめとし、米国、カナダ、ロシア、韓国など多くの国があります。しかし、この中でメスガニを水揚げしているのは、実は我が国だけです。外国の研究者の間では、日本海のズワイガニ漁獲量が大きく減少した第一の原因は、メスガニを漁獲しているためという指摘がありました。また、我が国でも日本海のズワイガニ漁業に対して、「メスガニの漁獲禁止」を唱える研究者もいました。

  果たしてメスガニを獲らなければ、ズワイガニはどんどん増えていくのでしょうか?イエスかノーか答えは難しいですが、そのヒントは以前からメスガニの水揚げを禁止している他国の事例にあります。

  下の写真は、米国アラスカ州でオオズワイガニ(ズワイガニの近縁種)の交尾時期に潜水観察したときの様子です。交尾を間近にしたメスガニが集まり2〜3重のマット状になったり(写真A)、さらにはマウンド状になったり(写真B,C)しています。ひとつのマウンドは数百尾のメスガニからなっており、このようなマウンドが数メートル間隔でたくさん観察されています。
  一方、交尾相手となるオスガニは、マウンドの下や周辺に数尾が確認されている程度です。この状況からすれば、全てのメスガニが限られた時間内に交尾できるとは思えません。交尾できなかったメスガニは、「受精嚢」に蓄えている精子を使って産卵を行いますが、この場合には交尾に成功して新しい精子を受け取ったメスガニに比べ、受精率がかなり低下します。つなり、正常な産卵ができないということになります。


アラスカで観察された交尾時期のメスガニ(オオズワイガニ)の集団。マット状の集団(A)とマウンド状の集団(B,C)。交尾相手のオスガニは極端に少ない(B.G.Stevens et al.(1994))。

 メスガニの水揚げを禁止している海域では、メスガニはたくさんいますが、交尾相手となるオスガニは漁業の影響によりかなり数が減ってしまい、必ずしも正常な産卵がおこなわれていないことが考えられます。実際に他国でカニの漁獲量が増えている、もしくは高いレベルで維持されているかといえば、そうではなく、むしろ減少しているケースが少なくありません。

  つまり、一方的にどちらかを獲る(あるいは獲らない)のではなく、両方をバランス良く獲るということが重要と考えます。では、そのバランスとはどうなのか?
  全く漁業が行われていない、つまりオスガニもメスガニも獲らないとしたときに、海の中のオスガニとメスガニとの割合(性比)がどうなているのかを計算してみます。計算するのは、メスガニが「経産卵メス」で、オスガニが「経産卵メス」との交尾が可能な「形態的成熟オス」です。
  計算の結果から、メスガニが2尾に対して、オスガニが1尾の割合が適当であることが分かりました。

(文献)
B.G.Stevens, J.A.Haaga, and W.E.Donaldson.1994.Aggregative mating of tnner crabs, Chionoecetes bairdi.Can.J.Fish.Aquat.Sci..51.1273-1280.

(2) 「水ガニ」の水揚げを制限するプロジェクト

 メスガニとオスガニとをバランス良く獲るにはどうすれば良いのでしょうか?
  まず、京都府(丹後)の海の中でのメスガニとオスガニの割合(性比)が、これまでどうなっていたのか?それはおよそメスガニ3〜4尾に対して、オスガニ1尾という割合で、オスガニが不足しているということになります。
  その原因のひとつには、経産卵メスとの交尾が不可能といわれる「水ガニ」の漁獲があげられます。「水ガニ」の漁獲を全て禁止にすることは難しいかもしれませんが、少なくとも「水ガニ」の漁獲サイズを大きくしたり、漁期を短縮したりすることにより、交尾のために不足しているオスガニを増やすことは可能です。

 このことから、これまでの「水ガニ」の漁獲サイズは甲幅9cm以上でしたが、京都府では漁業者の皆さんの自主的な取決めにより、平成11年からは甲幅10cm以上となりました。さらに、「水ガニ」の解禁日はこれまで12月21日でしたが、現在では1月11日としています。


 回復してきたズワイガニ資源を再び減少させないためにも、以上のようなオスガニとメスガニとをバランス良く獲ることを考えていく必要があります。ここでは、京都府の漁業者の皆さんが現在取組んでいる「水ガニ」の漁獲制限について紹介しましたが、今後はメスガニの漁獲の仕方が現状で良いのか、また「松葉ガニ」の漁獲サイズは現状の9cm以上で良いのかなどを検討していくことも重要な課題です

 


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