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知の京都- 鈴木雄太さん(京都大学白眉センター特定助教)

産学公連携、産業振興の一環として、京の研究者・専門家の皆さんを紹介するページです。

知の京都 京都府の産業支援情報 

化学でアートを!タンパク質デザインによるバイオナノロボットの創生を目指して

(掲載日:令和4年1月25日、ものづくり振興課 足利、稲継)

 

京都大学白眉センター特定助教の鈴木雄太さんにお話をおうかがいしました。

タンパク質を直感的にデザインする!?

―タンパク質工学、特にタンパク質デザインが専門領域だとお聞きしましたが、「タンパク質デザイン」といいますと?

鈴木)タンパク質デザインとは、天然に存在するタンパク質が持つ構造や機能を人工的なデザインによって、科学者の望みのものへと創り上げていく研究になります。「タンパク質デザイン」という言葉を分解して、まず「タンパク質」に着目しますと、研究対象としては大きく2つに分けられます。まず、私たちをはじめ生物の体内の様々な化学反応の触媒として「機能」を担う酵素、そして生物の身体を構成する「構造」としてのタンパク質です。私が現在主に扱っているのは後者になります。

―そうなのですね。

鈴木)そして「デザイン」の手法に着目しますと大きく3つに分かれます。まず1つ目は、2018年のノーベル化学賞を受賞されたフランシス・アーノルド博士が用いられた「Directed Evolution (指向性進化)」です。ところで、タンパク質ってどうやってできるかご存じですか?

―DNAが転写されて、アミノ酸ができて・・・。

鈴木)そうですね。DNAが保持する遺伝情報(=塩基配列)がメッセンジャーRNAに「転写」され、その後、「翻訳」という過程でアミノ酸がつなぎ合わされてタンパク質が産生される。これはあらゆる生物が共通して有する「セントラルドグマ」という仕組みです。この仕組みは外部から細胞に導入されたDNAに対してもはたらくため、研究対象とするタンパク質の情報をもったDNAを大腸菌などに導入してやれば、目的タンパク質を作らせることも可能です。Directed Evolutionでは、まずデザイン対象とするタンパク質のDNAにランダムな改変を施したものを無数に作製し、大腸菌などに導入します。すると導入されたDNAに応じて産生されるタンパク質には、例えば、あるアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わっている、といったランダムな改変が生じます。こうして得たタンパク質同士を比較し、望んだデザインにより近い性質をもった改変体を選択、今度はその改変体のDNAを基に更なる改変DNAを無数に作製し…あとはこの一連の流れを何度も繰り返すことで、最終的にデザイン通りの改変体タンパク質を得るというのがこの手法です。自然界で起こる進化も何万年、何億年かけて同様のプロセスを経ていると考えられており、それを模しつつ自らがデザインした方向へと導くことから、「指向性進化」と呼ばれるわけです。タンパク質1分子がもつ機能を望み通りのものへとデザインする際に力を発揮します。

―なるほど。

鈴木)ただ、以前にアーノルド博士やその下で関わってきた方にもお話を聞く機会がありましたが、この手法はかなり労力がかかるそうです(現在は初期とは比べ物にならないほど、格段に効率が良くなっています)。そもそもタンパク質は自然界全体で100億種、人の体内のタンパク質に限っても10万種程度存在すると言われており、その中から「適切な」タンパク質をデザインの出発点として選定できるかが重要なポイントとなります。更にタンパク質を構成するアミノ酸は20種類存在するため、より多くの改変体を網羅しようとすればするほど途方もない数の改変を実施する必要があります。例えばタンパク質中のn個のアミノ酸に対する改変を全て網羅すると、20n通りのアミノ酸配列が生じるという具合です。

―ふむ。

鈴木)そこで、化学者の力でもっと合理的に、直感的にタンパク質を作ろうとする研究が盛んになってきました。これが2つ目の手法である「Rational Design (合理的デザイン)」です。また、3つ目の手法として、計算科学…コンピュータの力を活かした「Computational Chemistry (コンピュータを活用した化学)」も発展しつつあります。私自身はコンピュータ(が苦手ということもありますが…)よりも自身の発想で感覚的にデザインすることが好きなので、Rational Designの研究、特にタンパク質を使った「より高次元の構造」の造形を目指し研究に取り組んでいます。

タンパク質が持っている性質を利用する

―直感的デザイン、ですか??

鈴木)天然のタンパク質がすでにもっている構造・性質をシンプルに利用する、というのが私の根本的な考えです。例えば、タンパク質を構成するアミノ酸の一つである「システイン」は酸化還元の影響を受けやすく、しばしばタンパク質分子内の共有結合の足場としてはたらきます。これをコネクターとして利用すれば、タンパク質同士によるより高次の構造の造形が可能だと考えられます。

―ほう。

鈴木)あるいは、タンパク質の中には金属とくっつく(=配位する)ことで機能を発揮するものが多く存在します(全タンパク質の約70%がこのタイプとされる)。その性質を利用し、金属を接着剤のように使うことでタンパク質同士の高次構造を造形することも考えられます。

美しいタンパク質二次元シート

―なるほど。

鈴木)特に私は、タンパク質の特徴を無理矢理制御するのではなく、逆に本来の性質を上手く利用して魅力的な高次構造を造形するシンプルなデザインを追求しています。これまでに私が行った研究では、ある正方形のタンパク質の対称性に着目し、遺伝子組み換えによって4つの頂点にシステインを配置した改変体を作製しました。先に述べたようにシステインは酸化還元に応じてタンパク質同士のコネクターとなり得ますから、作製した改変体は酸化⇄還元という操作に応じてどんどんタンパク質同士でくっついて二次元的に広がり、シート状の高次構造をつくり上げると期待できます。大変シンプルなデザインですが、実際に実験してみると期待通りのシートが生成しました。1つの正方形タンパク質が約7 nm(ナノメートル=109分の1メートル)四方ですので、2 µm(マイクロメートル=106分の1メートル)四方のシートだと、約8万個の正方形がとても整然と並んでいるんです。8万個のタンパク質が規則正しく整列している、すごくないですか?(笑)

図1. 独自の発想により創り出したタンパク質2次元集合体. (a) 天然のタンパク質の持つ対称性に着目し正方形の角にコネクター(システイン)を配置するシンプルなデザインによるタンパク質集合体の形成 . (b) 本デザインの応用として、コネクターを変更し作成した金属結合による集合体. (c) ベースとなるタンパク質の改変によりデザインの発展性を示した集合体.タンパク質構造(左)に対応した透過型顕微鏡による集合体の観察および考察 . カラム (i) 低倍率画像, (ii)高倍率画像(白く見える小さな四角形がタンパク質一つ一つになります). (iii) 透過型顕微鏡の画像をもとに導き出した集合体の構造モデル.

REF: Nature, 533, 369-373 (2016)

 

―すごいですね。

鈴木)しかも、詳しく構造を解析してみると、それぞれのタンパク質はシート内で表裏交互に並んでおり、更に45°の回転運動が可能であるとわかりました(下図参照)。この特徴はシート全体の構造変化(伸縮)を生み出すものであり、シートが衝撃吸収機能を有した材料となり得ることを見出しました。

図2. 衝撃吸収能をもつ集合体であることを発見!(a) タンパク質2次元構造体(図Xa)の透過型顕微鏡による詳細な観察.開いたり閉じたりすることが可能なことがわかる. (b) 透過型顕微鏡の画像をもとに導き出した集合体の構造モデル (c) タンパク質がどのように回転しているかを示した模式図 . X軸とY軸方向(ΔxとΔy)が共に同じ方向に収縮をしていることがわかる.

REF: Nature, 533, 369-373 (2016)

 

―そうなのですね。例えばどういうものに使えることになるのでしょうか?

鈴木)現時点では基礎研究なので、あくまで「例えば」になりますが、まずはスポーツ用品などにおける衝撃吸収素材としての利用が考えられます。他には医薬品を含ませておいてぴたっと体に貼り付けられるようにすれば、刺激に応じて薬剤を放出する湿布のようなものも考えられます。ちなみに本研究をイギリスのDaily Mail紙が紹介してくれた際には、「この衝撃吸収機能を利用すればバットスーツ(バットマンの着衣)が作れるかもしれない」という展望を書いてくれました(笑)。実際、本研究成果が世界トップクラスの繊維メーカー・スポーツ用品メーカーから注目され、実用化に向けた連絡をいただいていたことを考えると、そういう未来が現実になる日も、もしかしたら来るのかもしれませんね。

バイオナノロボット

―おお!面白いですね!

鈴木)このように、高次構造の造形を目指したタンパク質デザインについて、構造だけ、機能だけということではなく、そのハーモニーを実現したいというのが私の考えです。今後の研究テーマとしては、体内にものを運んでくれるような高次構造体のデザインにも興味があります。今、ウイルスが体内に侵入し「悪さ」をしでかす「悪者」として大変注目されているわけですが、実はウイルスの身体はタンパク質が精密に創り上げている高次元な構造体です。ウイルスとは逆に、体内に医薬品を届けるタンパク質高次構造体…いわば「良いこと」を行う「ドクター」としての体(構造)と機能をもった高次構造体を作り出せれば人類の役に立つし、何より面白いですよね。

―素晴らしい!

鈴木)究極的な目標は、必要な時に必要な機能を自発的に発動するタンパク質高次構造体の作製…生体内の異常を検知し自動で修復を行う「バイオナノロボット」とでも言いましょうか。ロボットといえば、それこそ様々な機能を有した高次構造体です。そう考えたとき、私の取り組んでいるような構造形成を主としたタンパク質デザインだけではロボットにはなりません。そこで、その目標の達成をより現実に近づけるべく、人工酵素デザイン・分子進化とタッグを組むことにしました。東北大学学際科学フロンティア研究所 岡本泰典助教(人工酵素の合理設計)、東大理学部 寺坂尚紘特任助教(指向性進化)と共に構想し、文科省令和3年度「学術変革領域研究 (B)」にも採択され、動き出しているところです!ご興味のある方は、ぜひホームページ(https://sites.google.com/view/proteinengineering-speed(外部リンク))をご覧ください。

 

化学でアート

―かっこいい!それにしましても、どうしてデザインという視点に着目されたのでしょうか?

鈴木)日本では高校生のうちに、おおよその自分の進路を決めねばなりません。その分野の勉強を何もしていない状態であっても、手探りで進路を選択しそれに向けて受験勉強をするわけです。そのため、当時の私は「本当にこの分野で良いのだろうか、他にやりたいことが出てくるのではないだろうか?」といった漠然とした不安を感じていました。考え抜いた末、子どもの頃から好きだったアートの世界に進もうという気持ちが芽生え、「どうせアートやるならアメリカだ!」という、今考えれば、かなり安易な考えで高校卒業後に単身渡米しました。

―そうなのですね。

鈴木)英語はほぼ分からない状態で行きましたが、なんとかなるだろう、と。最初のうちは、本当に周りの人が何を喋っているのか分からなく、日本では体験できない新しい感覚がとても新鮮でとにかく楽しかったのを覚えています。なので、ホームシックなどという言葉は一度も頭によぎりませんでした(笑)。サンフランシスコからスタートし、より日本人が少なく英語環境に身を置くことを目指してオハイオに移り、アートを専攻できる+大学への編入も視野に入れて、Lorain County Community Collegeというオハイオ州の田舎にあるCommunity Collegeに通うことにしました。この時点でも英語が苦手だったので、テストで単語がわからないと…と必死に勉学に励んでいたことが功を奏し、アメリカで有名な芸術大学への編入許可をもらうことができました。それと同時期に化学分野における「分子マシン(ナノカーなど)」の研究を偶然、知りました。これは後のノーベル化学賞(2016年)に繋がる研究なのですが、この偶然をきっかけに私はナノスケールの世界で自身の意図する構造体を創りあげることができる「化学」という分野に心を惹かれました。ナノスケールで思い通りのものを創り上げていく、まさに「化学でアートする」と言えるわけですが、この発想に至ったことが現在の私のルーツとなっています。もちろん、当初はそんなことを考えていたわけではなく、化学の研究はよくわからないけど、ただ純粋に楽しそうだと感じていたのだと思います。

―そうだったのですね。

鈴木)実は当時、他にもいくつかの大学から入学の打診をいただいていたのですが、いずれも学費が高く(留学生はどこでも州外生の扱いになるため特に高いです)、奨学金受給の可否も編入してから決定されるため、受給できなかった場合のリスクを考え、いろいろ検討している状況でした。そんな時、ニューヨーク州立大学バッファロー校の化学部の学部長に直接連絡を取ったところ(普通いきなり学部長に電話はしないと思いますが、なぜそうしようと考えたのか覚えていません…)、意気投合し(?)見学に誘われました。そして実際に学部長に会いに大学を訪問し、環境が良さそうだったため同校への編入を決めました。編入直後に、「どうせならすぐ研究したほうが良いよ!」と学部長に強く勧められたこともあり、Dr. Richard Cheng(現・台湾国立大学教授)の研究室に所属しました。そこでは新しい非天然アミノ酸を合成してペプチドに組み込み、ペプチド内での物理的性質を解析するという研究を行い、2年半の間に計3報の論文を発表することができました。

―自らどんどん道を切り開かれ、逞しいですよね。

鈴木)上記の成果もあり、大学院はミシガン大学の化学研究科に進学することができました。ミシガン大学アナーバー校は、その名の通り、ミシガン州のアナーバー市に位置し、最も教育レベルの高い人たちが集まる街として全米1位に選ばれたこともあるカレッジタウンです。そのため、治安もとても良く全米で安全な街ベスト3に選出されている年もあります。私自身もアナーバー市で危険を感じたことは一度もなかったです。そう言った点から、留学を考えている方にはとても良い選択肢の一つになるのではないかと思います。学費は州立大学と思えないほど高いですが・・・。私もそうでしたが、Ph.D. Studentとして進学した場合、アメリカの多くのPh.D.コースは学費の免除、給与がもらえるシステムになっています。ちなみに、アメリカのカレッジタウンはどこでもそうですが、フットボールの開催日は早朝から一日中フットボール一色に染まります。アナ-バーにも、町の人口を上回る10万人以上を収容するスタジアムがあり、ハウスメイトが熱狂的なファンだったため、早いときには朝6時からお祭り騒ぎに参加していたのが良い思い出です。このハウスメイト、同じ研究科の院生で最終的には共同研究者にもなりました(笑)。

―へー!

鈴木)ポストドクターでは、カリフォルニア大学サンディエゴ校に移りました。海の近いリゾート地で、気候は一年を通じて過ごしやすく、アメリカに来てようやく人から羨ましがられる街に移り住みました(笑)。ですが、私の場合は研究テーマの関係上、タンパク質を作製するための低温室(大きな冷蔵庫)、電子顕微鏡のある暗くて寒い研究室に昼間から籠もっていることが多く、実際の恩恵はあまりありませんでしたが(笑)。

―なんと…

鈴木)余談ですが、アメリカではPh.D.取得からポストドクターにステップアップする際、全く違う研究分野に挑戦する研究者は珍しくありません。私自身もそうで、大学院時代に行っていた有機合成・ペプチド研究から、タンパク質の構造を利用した構造物の作製や人工酵素の研究開発に大きく変更しました。新しい研究室では、はじめて遺伝子をいじったり、大腸菌を培養してタンパク質を精製したりと、すべてが新しい経験で、研究をはじめた当初の気持ちを思い出すことができました。所属した研究室の研究分野に関して、全くの未経験の私をポストドクターとして雇用してくれた当時のボス(Dr. Akif Tezcan)にはとても感謝しています。また、この時に行ったのが先に述べた二次元シートの研究であり、最終的に成果をまとめた論文をNature誌に掲載することできました。特に「化学でアートする」という意味で、15年近いアメリカでの研究生活の集大成になったとともに、現在私が取り組んでいる研究の礎にもなっています。

今後の研究の進展が大変楽しみです。

 

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