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日本では、年間2万人を超える人が、自ら命を絶っています(令和6年度時点)。世界的に見ても非常に高い自殺率は、この国で生きづらさを抱える人の多さを物語っています。
そんな中、死にたいほどの苦しみを抱えた人を“ひとりぼっちにしない”ために、京都府内で活動する団体があります。認定NPO法人京都自死・自殺相談センター(愛称Sotto〈そっと〉、以下「Sotto」という。)です。
自死に関わる相談窓口として、また、苦しみを抱えた人の心の居場所として活動するSottoは、今年(令和7年)で設立15周年を迎えました。今回は、代表の竹本了悟(たけもとりょうご)さんに、団体設立のきっかけや取組み、次の15年に向けたビジョンについてお話を伺いました。

今回お話をお聞きした場所は、京都市右京区の古刹、妙心寺の塔頭の一つである長慶院。広い寺域の一角にある、静かで心安らぐ空間です。
Sottoの事業は、主に、電話相談、メール相談、居場所事業の3つの柱で運営されています。
電話相談は、金曜日と土曜日の夜間のみですが、令和6年度には1267件もの相談に対応しました。メールによる相談件数は、その倍近くにもなります。
また、居場所事業は、京都市内のいくつかのお寺を拠点に、次の4つのプログラムを実施しています。
後で詳しく述べますが、それぞれのプログラムは、心の状態の異なる参加者が、無理をしたり何かを押し付けられたりすることなく、その時々のありのままの自分でそこにいられるようにとの配慮から生まれてきました。
「苦しみを抱えた方のそばにそっと居つづけたい」という思いが、「Sotto」という愛称の由来です。

代表の竹本了悟さん
【小さいころから「生きる」ということについて考え続けてきたという竹本さんは、防衛大学校を卒業して海上自衛隊官になった後、退官し、再び大学院で学び直して浄土真宗本願寺派の僧侶になったという異色の経歴の持ち主です。】
竹本さんが自殺というテーマに関わることになったのは、僧侶となり西本願寺の研究所で職員をしていたときのこと。研究所では現代社会に対し、お寺がどのように貢献していけるかということを研究しており、平成19(2007)年、日本の年間自殺者が3万人を超えて10年が経過したことを機に、「自殺」が研究テーマとして選ばれたのです。
竹本さんは当初、この研究テーマに反対したそうです。自殺をテーマにするには、誰かの非常に繊細でプライベートな部分に触れなければなりません。研究などで扱っていいものではないという想いがありました。また、竹本さん自身、小学生のころいじめに遭って死について考え続けた時期があり、それは思い出したくないつらい記憶でした。
抵抗を感じながらも参加した自殺相談の研修。自殺によって身近な人を亡くした経験を持つ講師の方の壮絶なお話を聞いた後で、竹本さんが感想を話す番になったとき、突然涙があふれだしました。自分が死にたいと思っていたころの気持ちがありありとよみがえったためでした。
また、東京自殺防止センターの研修に参加した際には、「死にたい気持ちを抱えた人に、こんなにも真摯に関わる人たちがいるんだ」ということに強く心を動かされました。その晩、クリスチャンでもある団体の方と語り合う中で、「自殺防止の活動は、これまではキリスト者がけん引してきたけれど、これからは仏教者の皆さんに引っ張っていってほしい。」そんな言葉をかけられたそうです。宗教も死生観もまったく異なりましたが、深い部分で相通ずるものを感じ、まるでバトンを渡されたような気がした、という竹本さん。研究として関わるのではなく、自分自身のコアな部分に関わりのあるテーマとして、自ら活動していこうと心に決めました。
「数年後には京都で団体を設立したい」という想いを胸に、まずは大阪自殺防止センターの相談員として活動を始めた竹本さん。ところがほどなくして、西本願寺から「研究所の予算がついたので、自殺防止のために何かやってほしい」との依頼が舞い込みました。竹本さんの想定よりもかなり早いタイミングではありましたが、このチャンスを活かさない手はありません。さっそく活動を始めるための準備を始めました。
新たに活動を始めるにあたり、竹本さんと仲間たちが強くこだわった点があります。それは「市民活動としてやる」ということ。研究所の依頼は、西本願寺として、また僧侶として事業を行ってほしいというものでした。ですが、死にたい気持ちを抱えている人は、必ずしも仏教徒であるとは限りません。お寺として活動することで、仏教徒以外の人に支援が届きにくくなってしまうのではないか。それは絶対に避けたいという想いがありました。そこで、西本願寺に「お寺としてではなく、NPO法人として活動させてほしい」と交渉した結果、お寺からは完全に独立した形での活動が認められることになりました。
その後、約1年間の準備期間を経て、平成22(2010)年、NPO法人京都自死・自殺相談センターを設立。現在、Sottoは、思想信条や信仰の有無に関わらず、様々な人が関わる場となっています。

自死・自殺に関連するさまざまな悩みの相談に対応しているSottoですが、メンバーたちは、「Sottoは自殺を止めるために活動しているのではない」と口をそろえます。少し意外に思えるかもしれませんが、これはSottoがとても大切にしている団体のスタンスです。
「自分たちがその人の生死の決定にまで関われるとは思っていない。」と竹本さんはいいます。匿名の電話を受け、互いの存在を感じながら言葉を交わすひととき。その短い時間の中で、どれほど深くその人に心を向けたとしても、電話を切った後にその人がどのような選択をするか、それは他人には立ち入ることのできない領域です。
「それでも、存在が揺らぐような苦しみを抱えている人がいたときに、放っておきたくないし、なんとか関わりたい。違う人間同士、どれだけわかりたいと願っても、完全に理解することなど不可能です。でもその人の抱える苦しみを想像し、ともに揺れることはできる。」
「もう死ぬしかない」と思い詰めている人に対し、一方的に「そんなことをしたらだめだ!」と言えば、その人はひとりぼっちになってしまう、と竹本さんはいいます。それは、誰にも打ち明けられなかった苦しみをやっとの想いで話してくれた人を、さらに孤独にしてしまう行為だ、と。その代わり、存在が激しく揺らいでいるその人のそばで、苦しい気持ちを受け取り、ともに揺れるのだそうです。そんなふうに、いっしょに揺れてくれる人がいるだけで、その人の孤独は少しだけやわらぎ、安らぐことができる。電話をかけてきた人の苦しさやしんどさが少しでも軽くなってくれたら。少しでもほっとしてもらえたら。それがSottoの願いです。
「その人が悩んで悩んで、最終的にそれ(死)しか選択できなかったとき、その選択について『間違いだ』なんて言うことはできないし、言いたくない。」
「話し終え、『聴いてもらえてほっとしました。これで安心して死ねます。』そう言って電話を切った人が、次の日も電話をかけてきて『やっぱり自分は生きることにしました。昨日の(電話で話を聴いてくれた)人に、そう伝えてください。』と伝えてくれたこともありました。でも、それですら、単純に『よかったですね』ということはできません。なぜなら苦しみはそのままそこにあり、生きるということは、その人にとっての苦しみがこれからも続いていくことを意味しているからです。」

生きていてほしいと深く願いながらも、生きていることだけを「正解」にしてしまうのが本当に正しいことなのか。単純に割り切ることのできない、果てのない問いの中で、想いを受け取る側も静かに揺れ続けます。
こうした活動のあり方に「正解」はないのだと思います。ただ、お話をうかがって感じたのは、竹本さんや仲間たちが、自らの中から出てくる疑問や違和感をそのままにせず、その一つひとつと丁寧に繊細に向き合ってきたということ。その結果、Sottoでは「自殺を止める」「原因を見つけて取り除く」代わりに、「そっとそばにいる」というスタイルにたどり着いたということです。それは、Sottoが見つけ出した、とても切実で、もっともシンプルな「こたえ」であるように感じられました。
冒頭にも述べたように、Sottoではさまざまなプログラムを実施しています。
平成22(2010)年のNPO法人京都自死・自殺相談センター設立時から続けているのが「電話相談」と、死にたい気持ちを抱える人が集まれる場所「おでんの会」です。最初は、うまくできるのか、実際に来る人はいるのか、緊張しながらのスタートでしたが、「おでんの会」は第1回から10名ほどの参加者があり、このような場所を必要としている人がいるのだという、確かな手ごたえを感じたそうです。

おでんの会では、当初、集まった人同士で話をしたり、いっしょに食事をしたり、リラックスしてもらうためにハンドマッサージをしたりしていました(現在はマッサージではなく、ヨガやストレッチを行っています)。毎回満席になるほどニーズがある一方で、しばらく続けるうちに、
「参加したいけれど人前で食事ができない」
「人に触れられるのが苦手」
「参加した後はよかったと思えるが、人と話すと思うと緊張してしまって出かけるのがつらい」
など、さまざまなタイプの人がいることがわかってきました。そこで、そうした人たちにも気負わず参加してもらえるよう、ただ集まって映画を観る「ごろごろシネマ」や、何もせずにその場にいることができる「Sottoの縁側」といった新しいプログラムも誕生しました。

【ごろごろシネマの様子】
ほとんどのプログラムはいつも募集開始後すぐに埋まってしまいます。参加枠を増やしたいところですが、運営体制上、受け入れ人数に限界があるのがジレンマです。
Sottoでは、苦しみを抱えた人のための居場所づくりや相談対応だけでなく、支援者のためのプログラムも実施しています。
「相談員養成講座」や、相談員は目指さないけれど、悩んでいる人の話を聴けるようになりたい、という人のための「聴き方のお稽古」のほか、出張講座なども行っています。講座では、相手の立場から発想するためのトレーニングや、話を聴いて支えになるとはどういうことか、といったことを実践的に学びます。講座を受けて相談員になった後も、活動するためには毎年ロールプレイングの試験を受けて合格する必要があり、日々トレーニングを重ねながら令和7年現在28名の相談員が相談対応を行っています。
竹本さんによると、近年メンタルサポートのサービスは増えてきていますが、精神科医もカウンセラーも、必ずしも自死の専門家というわけではないため、死にたいという人がいたときに、自信をもってつなげられる相談先がまだまだ少ないそうです。そんな状況に対し、Sottoを「まずここに行けばいい」という相談先に成長させていきたい、と竹本さんは考えています。スタッフの相談対応の質には自信をもっていますが、まだ規模が小さく、支援を必要とする人を受け入れきれていないのが現状です。ボランティアで団体を回していくことにも限界を感じており、専従スタッフを増やし、活動を全国規模に拡大するのが現在の目標で、今回、京どねーしょんで集まった寄附もそのために活用する予定です。
また、竹本さんは、団体の資金調達のために、平成30(2018)年、僧侶仲間とともに寄附つき電気の電力会社であるTERA Energy 株式会社を立ち上げました。「つながる人たちの孤独感を和らげる」ことを目的とし、「温かなつながりをつむぐ」ことを理念に、環境に配慮した再生可能エネルギーを推進し、電気料金の一部が社会貢献活動を行う団体の寄附になるという、ユニークな電力会社です。

「しんどい人の居場所」として始めたからには持続しなければ意味がない、ここしか自分の居場所がないと思っていた場所が突然なくなってしまうというのは、その人に対する裏切り行為だ、と竹本さんは考えています。そのためにも、資金調達は非常に重要な課題なのです。
Sottoのホームページには、「Sottoが作っていきたい社会」の姿が、次のように書かれています。
それはきっと、今苦しみを抱えている人だけでなく、誰にとっても生きやすい社会。
新たな挑戦とともに、Sottoは次の15年を歩き出しています。
(取材:青山)
認定NPO法人京都自死・自殺相談センターでは、死にたいほどの苦しみを抱える人のための、さまざまなプログラムを実施しています。より多くの方に活動を届けるため、ぜひ、ふるさと納税による応援をよろしくお願いします。
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